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日本の聖地を行く/伊勢神宮20年に一度のリニューアル

ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2019.03.18 11:00 最終更新日:2019.03.18 11:00

日本の聖地を行く/伊勢神宮20年に一度のリニューアル

宇治橋を渡り内宮へ

 

 日本の各地には数多くの聖地が存在している。近年では「パワー・スポット」ということばが生まれ、若い人たちを中心に関心を集めているが、パワー・スポットの多くは従来なら「聖地」と呼ばれていた。
 そんな日本の聖地を、宗教学者の島田裕巳が旅をする。

 

 

 日本で最強の聖地ということになれば、それは伊勢神宮ということになる。

 

 年間の参拝者がもっとも多いのは東京の浅草寺で、およそ3000万人が訪れるとされる。たしかに、東京観光のコースのなかに含まれ、外国人も大挙して押し寄せる。ただし、3000万人は少し大げさかもしれない。

 

 

 千葉県成田の成田山新勝寺には、1年に1000万人を超える参拝者が訪れるとされる。ほかにも明治神宮、川崎大師、熱田神宮、住吉大社などは、正月三が日の初詣客だけで200万人から300万人を集めている。

 

 伊勢神宮の場合には、こうした大都市にある神社に比べて交通の便はよくない。最近では鉄道を使わずに車やバスで訪れる人が増えているが、伊勢の近くにでも住んでいないかぎり、日帰りで参拝するわけにもいかない。

 

 だが、年間参拝者は平成25年には1000万人を超え、1420万人に達した。その理由は、平成25年に20年に一度の「遷宮」が行われたからだ。

 

 これは「式年遷宮」とも呼ばれる。他の神社でも式年遷宮を行うところがあるが、伊勢神宮ほど大規模な遷宮はほかにない。

 

 伊勢神宮は、内宮である「皇大神宮」と外宮である「豊受大神宮」に分かれるが、遷宮の際には、この2つの神宮の正殿だけではなく、14の別宮ほか、全部で125の社殿、さらには鳥居、御垣、内宮へと至る参道にある宇治橋、そして神宝、装束などがすべて新調される。伊勢神宮は20年に一度、その面目を一新するのだ。

 

 式年遷宮は一大行事であり、すでにその準備は平成17年からはじまっていた。この年の5月2日には、新しい正殿に使われる用材を切り出すための山で、神を祀る山口祭や木本祭が挙行されている。

 

 一連の行事のなかには、「お木曳」といって用材を奉納する儀式があるが、平成19年2月4日には、それが東京の六本木ヒルズでも行われた。私もそれを見学に行ったが、これも遷宮への関心を高めることを目的にしたものだった。

 

 遷宮への関心を高めなければならないのも、この行事には多額の費用がかかるからである。開始以来62回目にあたる今回の遷宮では、550億円の費用が見込まれた。この額は相当なものだが、前回の第61回式年遷宮でかかった費用は327億円だった。

 

 伊勢遷宮は、前回とまったく同じ建物を建て、まったく同じ神宝や装束を新調するものだが、20年のあいだにその費用は223億円も増加したことになる。その間、物価はそれほど上昇していない。かえって最近は下落傾向にある。

 

 ところが、檜などの用材や神宝・装束を新調するための材料費や人件費が高騰したことで、前回をはるかに上回る費用がかかったのである。

 

 それでも伊勢神宮の側は、今回の遷宮のための費用として、前回の額に相当する330億円を用意していた。しかし、それでは220億円が不足になる。そこで財団法人伊勢神宮式年遷宮奉賛会が組織され、残りの額の募金を行っている。

 

 遷宮のための費用は、戦後になるまでは、国、あるいは皇室がまかなってきた。それも、伊勢神宮が皇室の氏神とされてきたからである。

 

神明造りの正殿

 

 しかし、戦後の新しい憲法のもとでは政教分離が原則となり、国が式年遷宮の費用をまかなうことも、それを助けることもできなくなった。

 

 国宝や重要文化財などに指定されている場合には、宗教法人の所有でも、修理や修復の際に国や自治体の補助金が支給される。だが、伊勢神宮は国宝にも重要文化財にも指定されていない。

 

 伊勢神宮が民間の宗教法人である以上、自前で遷宮の費用を集めるしかないのである。

 

 これだけ費用が高騰してきたことを考えると、果たして次の第63回が無事に挙行されるのかどうかが心配にもなってくる。そもそも社寺建築に使われる檜を国内で調達することが難しくなっており、海外にそれを求めても簡単には手に入らない状況になっている。伊勢神宮では自前で檜を育てている。

 

 膨大な費用と手間のかかる遷宮をなぜ続けなければならないのか。遷宮をくり返す理由として一つ考えられるのが、正殿の建物が木造であるために、建て替えを要するというものである。

 

 その可能性について述べているのが、宗教学者の山折哲雄である。山折は前々回の遷宮の際に、8人の文化人の1人として「火焚きの翁」という役割を担った。

 

 これは内宮の遷宮の儀式「内宮遷御」の際、正殿の内庭で「庭燎」と呼ばれるかがり火を焚くもので、その日の昼間には、古い正殿の建物をすべて見学する機会を与えられた。すると、「もう朽ちはててボロボロになっていた」というのだ。山折はそれを見て、20年ごとに遷宮をしなければならない必然性を見いだしたという。

 

 ただし、伊勢神宮に勤務した経験をもつ神道学者の櫻井勝之進は、建物が朽ちることが遷宮の理由ではなく、神に新しい宮殿を捧げる「新宮遷り」自体が目的になっていると述べている。

 

 果たして建物が朽ちるのかどうか、正殿の内部を見ていない者には判断がつきかねるが、どちらにしても、遷宮という行為に「更新」という意味がこめられていることは間違いない。

 

 山折の言うように、20年に一度、正殿が建て替えられることで、建物だけではなく、そこに祀られた神もまた甦る。その甦りの前段階としては、古い神なり、古い正殿なりの死ということがなければならない。

 

 こうした死と再生のくり返しは宗教的な儀礼の基本的な筋書きであり、とくに農耕社会においてはそうした観念が発達している。

 

 農耕においては、育った作物は実を残して朽ちていき、次の年にはその実から新たな作物が育っていく。農耕社会に生きる人々は、そうした作物の死と再生、死と甦りのプロセスに接することで、農作物を守護する神もまた同じような死と再生をくり返していくととらえた。

 

 そうした考え方が、伊勢神宮の遷宮に反映されていると考えることができるのである。

 

 

 以上、島田裕巳氏の近刊『日本の8大聖地』(光文社知恵の杜文庫)から再構成しました。日本の聖地の知られざる謎に迫ります。

 

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