前回、大好きな新橋駅前ビルについて書いていたら、なんと1号館の地下1階の話だけで文字数が尽きてしまいました。今回はその続きで、1号館1階から。
ここもまた、たくさんの飲み屋や飲食店が並ぶエリア。中でも実力、インパクトともにトップクラスなのが、「立呑み とんかつ まるや」でしょう! だってもう、店名だけで魅力的すぎません? 「立ち飲み」で「とんかつ」ですよ?
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実はここ、同じフロアにあるとんかつ屋「まるや」が数年前に始めた立ち飲み屋。
つまり、先にとんかつありきで立ち飲み屋がスタートしているわけで、その品質は折り紙つき。とんかつをはじめとした各種の揚げ物が名物で、それらが目の前でジュワーッと揚がってゆく様を眺めつつ、揚げたてのとんかつにドボドボとソースをかけ、それをほおばりながらお酒が飲めてしまうという、夢のようなお店なんです。
しかも「ロースカツ」1枚のお値段がなんと400円という、立ち飲みならではのリーズナブルさ! やばいっしょ? ここに来ると毎回何を頼むか迷いつくしてしまうんですが、どうしても注文せずにはいられないのが「C&Cメンチ」(450円)。
え? 「C&Cって何?」って? はは。やだなぁ。「カレー&チーズ」のことに決まってるじゃないですか! 揚げたてのメンチカツを熱々の鉄皿にのせ、そこにたっぷりとカレーソースをかけ、さらにとろ~りチーズをのせた、だ~れも嫌いな人がいないやつ!
さて、2階へ上がってみましょう。これまでとは違ってどこか閑散とした雰囲気で、飲食店の数も多くはないのですが、いくつかの名店が静かに営業中なのです。
老舗の中華屋「ビーフン 東」は、その名の通り「ビーフン」が名物という珍しいお店。もうひとつの看板メニューは「中華ちまき」で、どちらも派手な料理ではないけれど、具沢山で丁寧な美味しさ。かの池波正太郎先生も愛したという名店であり、新橋駅前ビルの幅広さを体現する一店です。
「旅人」は、日本酒に惚れ込んでしまった韓国人のママが経営する飲み屋さん。ママも常連さんもテンション高めで、いつもわいわい盛りあがっています。
好みを伝えればあれこれおすすめを教えてもらえ、飲み比べセットなどもあるのでお酒に詳しくなくても大丈夫。おつまみメニューの、「冷奴」や「おしんこ盛り合わせ」と「チャンジャ」や「海鮮チヂミ」が並列にあるごった煮感も楽しく、ついつい飲みすぎ、気づいたらけっこう酔っぱらっていた、なんてパターンになりがち。
さらに、僕が新橋駅前ビルでもっとも、いや、新橋でもっとも愛していると言っても過言ではないお店が、「壹番館」。看板には「スナック」とあり、小さな入り口から漂う重厚さも手伝って、「会員制」という言葉すら連想させる雰囲気でありながら、入り口横の表示を見ると「飲み物(オール)300 おつまみ(オール)250」の文字。
興味を持ち、思い切って入ってみた日の感動はいまだに忘れません。
客席と厨房を仕切るカウンターのみの細長く小さな店内。厨房側には上品で美人な女将さんとその娘さん。カウンター上には女将さんお手製の小皿料理が、ひとつひとつラップをかけられ、ずらりと並べてあります。いいなぁ、と思いつつ場所を決めると、僕の目の前に、カットしたメロンが2切れのったお皿がスッと登場しました。
これ、女将さんのお客さんに対する、「わざわざ2階まで上がってきてくれたから」という気持ちからのサービス。その瞬間、僕の酒飲み心が完全に撃ち抜かれてしまったことは言うまでもありません。
煮魚や焼き魚、旬の食材を使った一品料理など、本当にどれもこれも250円だとは信じられないのですが、これまた、お店に来る人たちに、安くお腹いっぱいになってほしいという女将さんの優しさ。
何を頼んでも家庭的でしみじみと美味しく、特に、肉がたっぷりすぎてほぼすき焼きな「肉豆腐」と、こちらもあとからあとから具材が発掘される、優しい味わいの「シチュー」のふたつが、僕の2大定番となっております。
いよいよ新橋駅前ビルの中でも最ディープゾーン、2号館へ行ってみましょう。飲食店があるのは地下1階。ここに初めて足を踏み入れた人は必ず「本当にビルの中?」と驚くことでしょう。そこはもう、完全に普通の飲み屋街。3本の狭い通路の両側にぎゅうぎゅうに小さなお店が並び、夜になればどこを覗いても、楽しげに酔っぱらう常連さんたちの笑顔が溢れています。
2号館を代表する有名店といえば「立ち呑 こひなた」。なんと午前11時から営業していて、お酒は「酎ハイ」の240円から。おつまみは名物の「鮪 ぶつ」をはじめ、基本全品200円という衝撃価格。
一部高級品の「鯨 刺し」や「馬刺し」でも300円。その他、日替わりのお手製家庭料理の大皿がカウンターに並び、そういうものを1~2皿とって、昼間っからここでだらだらと酔っぱらう時間には、他に代えがたい喜びがあります。
そして数年前にオープンし、僕がこのビルへ足を運ぶ理由のひとつとなってしまった「工藤軒」。L字カウンターに6人も人が入ればいっぱいになってしまう、本当に小さな立ち飲み屋さんなのですが、ここが個性的すぎる名店なんです。
僕がその存在を知ったのは、とあるカレーマニアさんからの情報でした。いわく、ここの牛煮込みが「スパイスカレーベースで絶品」とのことで、何それ気になる~! と、さっそく行ってみたところ、一発でとりこになってしまったんですよね。
噂の「牛2・5・3」(450円)は、確かに複雑かつ爽快なスパイスカレーっぽい味わい。だけどそれだけではなく、牛モツ自体の質が良くて、旨みたっぷりの脂とスパイスの相乗効果がたまらない!
長髪をひとつに束ね、一見コワモテ風でもある店主の工藤さん。話してみるとめちゃくちゃ穏やかな方で、界隈の酒飲みたちの間では「新橋のスパイス王子」と呼ばれているとかいないとか……。
最後に、僕が最近いちばんハマっているお店のことを。店名を「圭の家」といい、前編で出てきた「呑み処 圭」の店主のお母様が営まれている、小さな立ち飲み屋さんです。
通路との仕切りに壁がなく、いきなりカウンター。超オープン。その映画のセットのような雰囲気がまず最高。おつまみはごく普通のものばかりなんですが、例えば「玉子焼」(350円)の横に「甘口・塩味」とあって、好きなほうを選べるといった、ちょっとしたホスピタリティが嬉しい。
先日ここで何気なく「月見なっとう」(280円)を頼んだんです。小皿に納豆、卵黄、ネギ、青のり、カラシというシンプルな構成。納豆はいかにも「パックからそのまま移しました」って感じで、四角い型がついたままです。
これをよく混ぜ、一口食べてみたところ、こんな素っ気ない一品なのに、妙~にうまい。たぶん、味付けも付属のタレだけなんじゃないかなぁ。なのに絶妙。それぞれの具材の量的バランス、さらにシチュエーションの良さ。全てが奇跡的な状態で合致し、単なる納豆が、まるでキラキラと輝いているかのようでした。
この一皿で、ホッピーセットとおかわりのナカ、余裕でいけちゃいましたね。
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以上、パリッコ氏の新刊『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)をもとに再構成しました。混迷極まる令和の飲酒シーンに、颯爽と登場した酒場ライターが、「つつましくも幸せな時間」について丹念に紡ぎます。
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