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【ドラクエ30周年】宮川一朗太「元妻と離婚したのはドラクエが原因」
ライフFLASH編集部
記事投稿日:2016.05.08 08:20 最終更新日:2016.05.09 16:04
「ドラゴンクエスト」が誕生したのは1986年5月。あれから30年、ドラクエ熱は大人になった今も冷めることはない。そこで、「100万G以上の価値があった」ドラクエについて、俳優の宮川一朗太が熱く語る!
「芸能界では、ぼくがいちばんドラクエ歴が長い。なにせ開発段階からですから。
少年ジャンプで、Ⅰのキャラデザインを鳥山明さんがされるって、バーンと告知が出たんです。それから毎週、告知記事をチェックして、すげえ面白そうなゲームが出るなと。発売日に買いました。
たいようのいしをゲットしたときは嬉しかった。ずっと探しまわって、結局、最初のお城にあったんです。城から外に切り替わらないマスがあって、そこを壁伝いに進むと地下室の入口がある。
「見方を変える」って、こういうことかと感心しました。
ドラクエから学んだことは多い。最初、試しに橋を渡ってみたら、強いモンスターに瞬殺されたけど、あきらめずに経験を積めば問題なく倒せる。
離婚する前後くらいかな。仕事がなくて本当に行きづまった時期があったけど、『渡れない橋はない』はずだと堪えました。
1990年、宮川さんはフリーライターの女性と結婚。しかし、趣味の競馬とゲームをめぐってケンカが絶えず、2005年に離婚した。2人の娘は宮川さんが育てた。
もとの嫁さんからは『私の話をなにも聞いてない』って、よく怒られました。でも、大事な戦いのときに話しかけるほうが悪い。出会ったのは彼女よりもドラクエが先。結婚生活よりも大事だった。
家事と育児をすることになったけど、幸運なことに、娘は非常にゲームが好きです。お腹にいるときから、ぼくがプレイするゲームの音楽を聞いていたので、一種の胎教ですね。
娘が小さいころは、全部のセリフに声をあてて、即席のドラクエ芝居をしました。ただ登場人物が多すぎて、演じ分けが難しかった。『さっきの村人と声が一緒』とか、うるさかったですね。
ドラクエの歴史はぼくの俳優人生と同じぐらい。Ⅴで勇者に家族ができたときには、ぼくにも家族がいた。自分の一部のように感じます。現実の奥さんは旅立ってしまいましたが……。次は、フローラでやり直すかな(笑)」
みやかわいちろうた 49歳 1966年3月25日生まれ 東京都出身 映画『家族ゲーム』('83年)で主演デビューし、日本アカデミー賞優秀新人賞受賞。以後、ドラマや映画、ナレーションなど多方面で活躍。最新出演作にドラマ『ナオミとカナコ』(フジ系)
(FLASHダイアモンド 2016年4月30日増刊号)