AVとともに歩んできた平成年間。その黄金期から現在まで、女優たちを面接してきたラッシャーみよし氏と、取材をしてきた本橋信宏氏に、AV嬢たちの変化を聞いた。本橋氏が当時を語る。
「平成初期は、両親が離婚したり、親が借金を背負ったりして家庭的に恵まれない女のコが、親を乗り越えようと出演したケースが多かったですね。当時はいまよりAV出演は敷居が高く、覚悟が必要でした」
一方で、「なんとなくデビューしちゃった」みたいな女子大生やOLもかなりいた。
「小遣い稼ぎですね。借金返済のため出演した飯島愛(平成4年デビュー)は、『ペットの猫に餌をあげなくちゃならないので、夕方5時までしか撮影できません』なんて言うほど熱意がなかった(笑)。
もっとも、『時間を区切ったほうが撮影スタッフは集中する』という思わぬ効果ももたらしましたけど」(本橋氏)
平成後半には、「明確なビジョンを持つ女優が登場するようになった」と、みよし氏。
「大槻ひびき(平成20年デビュー)が代表的ですが、『自分の努力で、この世界でのし上がっていく』と覚悟を決めた女優が出てきました。
プライベートでは経験したことがないゴックンなどにもチャレンジして、女優としてステップアップしたのです」
では、令和にAVを目指す女のコはどんなタイプなのか。
「『無理はしない。自分は自分らしく』と、上昇志向を持たないのんびりしたコが増えてきたような気がしますね」(みよし氏)
作品は変わっていくのか。
「いきなり女のコに迫るような作品はウケなくなるでしょう。テレビの『テラスハウス』みたいに、ふだんの男女関係を描く内容が多くなるのではないでしょうか」(本橋氏)
作品は時代を映し、女性たちを受け入れてきたのだ。
らっしゃーよしみ
1956年生まれ フェチやマニア系作品を開拓してきたライター、監督。「脚フェチもの」の創始者でもある
もとはしのぶひろ
1956年生まれ 村西とおる監督の半生を綴った『全裸監督』(太田出版)がドラマ化、Netflixにて配信決定(山田孝之主演)
(週刊FLASH 2019年6月4日号)