「フリーランスの外科医って本当にいるんですか?」
最近よく受ける質問である。2015年の日本麻酔科学会調査では「39%の大学病院がフリーランス麻酔科医と契約」しており、麻酔科におけるフリーランスはワークスタイルのひとつとして定着しつつある。
ならば、『ドクターX』に登場するようなフリーランスの外科医は実在するのだろうか?
その前に、フリーランスは「本フリー」と「裏フリー」に大別できると私は考える。「本フリー」とは私のように特定の勤務先を持たず、フリーランスを名乗って仕事をするタイプ。
一方「裏フリー」とは、籍を置くメイン勤務先を持ち、その仕事の合間にアルバイトするタイプ。医者に限らず、「土日や夜にアプリを作るプログラマー」「ペンネームで記事を書く新聞記者」なども「裏フリー」といえるだろう。
『ドクターX』でいえば、大門未知子(米倉涼子)は「本フリー」だが、大学病院に在籍しつつ出張手術で謝礼を稼ぐ加地秀樹(勝村政信)は、「裏フリー」になる。
だが、実際には「本フリー」の外科医になるには大きなハードルが存在する。
外科手術には、術前の精密検査や術後の外来フォローなどの仕事が必要だ。
よって、どんな売れっ子外科医でも「メイン病院を持ったうえで、あちこちアルバイトに飛び回る」という業務スタイルになってしまうのが現実なのだ。
加えて、合コンや近所つき合いで「お勤め先は」と訊かれたときや、同窓会や、不動産屋で部屋を借りるときなど、とりあえず勤務先として解答できる会社名(病院名)があると、何かと便利――という事情もある。
とはいえ、日本の大学病院は典型的なサラリーマン社会であり、ダルビッシュや田中マー君クラスの凄腕外科医が在籍していても、「特定の個人だけに高額ボーナス」というわけにはいかない。
ゆえに、「高額アルバイトをガンガン入れる」ことが、事実上の凄腕外科医に対するボーナスになっている。高額アルバイト申し込みが殺到することが、その外科医が有能であることの証明ともいえる。
そして、「有能医師のアルバイト」に関しては、病院管理職は見て見ぬふりをすることが多い。
最近、リクルート、サイボウズ、ロート製薬などの有名企業が、「副業OK」を宣言して話題になっている。「優秀な社員を確保したいが、周囲の同僚と給料に大差はつけられない」企業においては、「外でのアルバイトが事実上のボーナス」となる効果で、有能人材の獲得に有用だと私は思う。
というわけで、冒頭の質問に対しては、「大門未知子のような本フリーは現実には存在しないが、加地秀樹のような裏フリーは、あちこちの大学病院に存在する」
というのが、私の回答だ。
<筒井冨美Fumi Tsutsui>
1966年生まれ フリーランス麻酔科医 国立医大卒業後、米国留学、医大講師を経て2007年からフリーに。医療ドラマの制作にも関わり、『ドクターX』(テレビ朝日系)取材協力、『医師たちの恋愛事情』医療アドバイザーを務める