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SMAPデビュー曲「オリコン1位」を阻止したのはASKAだった!芸能・女子アナ 2016.12.26

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 SMAPのデビュー曲は『Can’t Stop!! -LOVING-』。

 

 曲調が、「素敵な夢を見させておくれ」というフレーズで始まる軽快でストレートなラブソングであったり、衣装なども(時代もあるとはいえ)赤や黄色の原色を配した鮮やかなものであったりと、メンバー全員が当時まだ10代ということを感じさせる、若さにあふれたアイドルらしい楽曲だった。

 

 また、デビュー前日に西武園ゆうえんちで開催されたデビューイベントもファンのあいだでは語り草になっている。

 

 当日は台風の接近で大雨。マイクや機材のトラブルがあるなど大変な状況だったが、SMAPは元気にライブを務め、詰めかけた1万5000人のファンとの握手会を、4時間以上もかけてやり遂げた(『SMAPスーパー写真集 -THE FIRST-』)。

 

 こうした盛り上がりを受け、『Can’t Stop!! -LOVING-』は大ヒットが当然期待された。だがいざ蓋を開けてみると、オリコン週間チャートでは、初登場2位。

 

 とりたてて悪くはない結果といえそうだが、すぐ上の先輩である光GENJIのインパクトに比べるとどうしても見劣りがしたのは仕方ないのかもしれない。

 

 のちにSMAPのメンバーは、このときのことを半ばネタにしてよく語っている。「ジャニーズなのにデビュー曲が1位にならなくて焦った」「周囲から『なぜ売れないんだ』と怒られた」……こうした話には枚挙に暇がない。

 

『Can’t Stop!!-LOVING-』の売り上げは初動で約8万枚、累計で15万枚。

 

 なぜSMAPはデビュー曲で1位を取れなかったのか? 

 

 その理由のひとつには、発売週に今振り返っても、メガヒットといえる他の楽曲が存在したことがある。

 

 この週の1位はCHAGE&ASKAの『SAY YES』。最終的に13週連続となる週間1位の継続中であり、浅野温子と武田鉄矢の主演で高視聴率を挙げた月9ドラマ『101回目のプロポーズ』(フジテレビ系)の主題歌にもなっていた。最終的には累計282万枚を売り上げたこの楽曲が相手では運が悪かったとしかいいようがない。

 

 だが売り上げ枚数が芳しくなかったこと、また、SMAPそのものがチャート1位を獲得するまでに3年近くもかかったことについては、さらにもうひとつ、別の原因が考えられる。

 

 それは、もっと大きな歴史的変化である。SMAPのデビューしたタイミングは、ちょうどヒット曲が生まれる仕組みががらっと変わった時期に重なっていた。

 

 その端的な表れが、各テレビ局の看板音楽番組の相次ぐ終了である。

 

 まず『ザ・ベストテン』(TBSテレビ系)が1989年9月で幕を閉じた。次いで『歌のトップテン』(日本テレビ系)が1990年3月に、そして『夜のヒットスタジオSUPER』(フジテレビ系)が同じく10月に終了となった。

 

 これらは、生放送で毎週多くの歌手が登場し、歌を披露するという伝統的スタイルの音楽番組だった。番組名の変更などはあったものの、いずれも1970年代から1980年代にかけてゴールデンタイムに放送され、当時の日本人が最新の流行歌を知る貴重な窓口になっていた。

 

 視聴者は音楽番組で曲を聞いて気に入れば、レコード店でレコードやCDを買う。つまり音楽番組は、流行歌の最大の発信源、プロモーションの場であり、それなしには曲のヒットは覚束なかった。

 

 したがって、看板音楽番組の終了は、そうしたヒット曲が生まれるサイクルが失われることを意味した。実際、SMAPだけでなく女性アイドル歌手も含めて、「アイドル冬の時代」と呼ばれるほど、この時期アイドル歌手全体の勢いは目に見えて衰えた――。

 以上は太田省一氏の新刊『SMAPと平成ニッポン 不安の時代のエンターテインメント』(光文社新書)から引用しました。SMAPが活動した平成という時代は、日本が先行きの見えない不安にさらされた時代です。こうした時代に、SMAPは社会とどのように関わったのか、を読み解きます。


『SMAPと平成ニッポン』詳細はこちら

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