芸能・女子アナ
元祖「美しすぎるお天気お姉さん」勝恵子、更年期障害のりこえ女性の支援活動に邁進/女子アナ日下千帆の「私にだけ聞かせて」
芸能・女子アナFLASH編集部
記事投稿日:2023.12.10 16:00 最終更新日:2023.12.10 16:00
1985年、久米宏さんと小宮悦子さんのコンビで始まった伝説の報道番組『ニュースステーション』を覚えていますか? 今回は、番組のなかで元祖「美しすぎるお天気お姉さん」として注目を集めたフリーアナウンサー・勝恵子さんにお話を伺いました。
勝さんは、愛媛県松山市出身。お父さまの転勤が多く、台北や神戸などさまざまな場所で子供時代を過ごされました。1985年4月、学習院大学文学部仏文科に入学し、上京。
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就職活動ではアナウンサーを目指すも、惜しくも内定を逃したため、卒業を待たずに大学4年生からフリーアナウンサーとして『ニュースステーション』のお天気コーナーを担当。
『ニュースステーション』を離れた後も、各局の番組でキャスターを続けてきました。現在は、一般社団法人ガールパワー専務理事を務めるかたわら、女性活躍支援をライフワークに活動していらっしゃいます。
――ニュースステーションのお天気キャスターに抜擢されたきっかけは?
「テレビ朝日のアナウンサー試験には3次まで通っていたのですが、役員面接には至りませんでした。しばらくして、ニュースステーションのプロデューサーから連絡があり、「気象キャスターを探しています。フリーでやってみませんか?」とオファーをいただいたので、就活をやめてお受けしました。
まだ大学4年生で、卒論に追われる忙しい時期でしたが、あわててアナウンス学校に2週間通いました。ニュースステーションのスタッフには優秀な方が多かったので、フランス語で書いた卒論を見ていただきました(笑)」
――学生でありながら大きな番組のキャスターを務めるのは、プレッシャーも大きかったのではありませんか?
「はい。お天気以外にスポーツやニュースの取材にも行かせていただきましたが、素人をよく雇ってくれたなと思います。感想は、とにかく難しかったということ。原稿を読むだけで精一杯でした。楽しかったとか、感激したとか、そんな余裕はありませんでした。
少し慣れてきたころ、原稿の前振りを自分で考えるようになったのですが、ありふれたコメントではダメ出しされるので、本当に厳しかったです。
ディレクターからは、『学生だから採用したので、学生ならではのコメントが欲しい。上手に見せたいというのではダメだ』と言われていました」
――久米宏さんの印象は?
「久米さんは天才で、厳しかったです(笑)。打ち合わせはあまりしないというスタンスでした。『コメントを事前に打ち合わせしていたら、面白くないでしょう』と言われ、いつも突然、想定外の質問があるので、オロオロしてばかりでした。
久米さんの素晴らしいところは、本番に向けてのテンションの持っていきかた。『今日は数字を取るぞ」と、すごい意気込みで本番を迎えるのです。私が曖昧なコメントをしようものなら、『いったい何が言いたいの?』と厳しく言われました」
――小宮悦子さんの印象は?
「あこがれの美声で、よく原稿の読み方を見ていただきました」
――ニュースステーションに出演してよかったことは?
「テレビの影響力が大きかった時代、平均視聴率が20%を超える高視聴率番組だったので、あれから25年以上経ったいまも、同世代の方々から『見ていました』と言われることが多いです。ママ友からも『父がファンでした』と言われます(笑)」
――ニュースステーションを卒業した後はどうされたのですか?
「セント・フォースという事務所に所属し、NHKBSのスポーツ番組や民放の情報番組など、各局の番組を担当してきました」
――ご結婚後も同じようにお仕事されていたのですね?
「はい。ただ、39歳で出産してから、体調に変化を感じて、仕事をコントロールするようになりました。若い頃から不規則な仕事をしてきたので、寝なくても大丈夫と思っていましたが、育児には終わりがなく、体がダメージを受けてしまいました。出産は若いほうがいいと言われるのは、このことかとわかりました。
その後も体調が思わしくない状態が続き、育児疲れだと思っていたのですが、どうやら更年期障害が続けてきてしまったようです。
50代に入って、ホルモン治療を始めたら、劇的によくなりました。それまで原因がわからず苦しんでいましたが、こんなに快適になるのであれば、同じように知らずに苦しんでいる女性たちに知ってほしいと思い、不定期ですが、『女性の心と身体セミナー』を主宰しています」
――現在は、一般社団法人ガールパワー専務理事としても活動されているのですね。
「はい。40代後半、家族問題評論家の池内ひろ美さんと再会し、『女性支援を一緒にやりませんか?』とお誘いを受けて活動を始めました。
マルチタスクが可能な女性は、多くのことをかかえ、常に我慢しがちですが、女性が健康を損ねると家庭崩壊につながってしまいます。
男性型社会で仕事をしながら、さらに出産、育児、介護などの負担が女性の肩に乗っています。おもに20代から40代の男性の体力で仕事し続けることが前提の企業の就労形態は、そろそろ終焉かと考えます。
男性も病気をしたり、ひとり親になったりとさまざまな人生の変化があります。その多様な生き方に働き方も対応できるようになってほしいですね。
また、特に女性への負担が多い現状に対し、女性に必要な意識変化にもアプローチしたいです。まずは、女性のみなさんに自らの体と健康に関して知識を持ってほしいと考えています」
――今後はどのような活動を目指していますか?
「人生は何が起こるかわからず、予定外のことの連続です。実は、今年に入ってからキャリアコンサルタントの資格を取得しました。
キャリアは結果ではなく、『個々人が何らかの継続的な経験を通じて能力を蓄積していく過程である』と定義されるような、キャリアの理論がとても面白いです。
最近、若い女性や後輩キャスターたちのキャリアの相談を受けています。アナウンサーもキャリアチェンジが当たり前になりました。表に出ていない自分の才能に気づいて、キャリアを発展させてほしいです。
一般的に女性は、年齢を重ねると働きにくくなると言われていますが、いくつになっても輝けると証明していきたいですね」
■女性が輝くための3カ条
(1)好きなことを忘れない
好きなことは我慢せずにやっていきましょう
(2)ワクワクドキドキするものをもつ
ときめきはアンチエイジングに効果ありです
(3)小さなことでも自分を褒める
自己肯定感を高め、できないことではなく、できることを数えていきましょう
1968年、東京都生まれ。1991年、テレビ朝日に入社。アナウンサーとして『ANNニュース』『OH!エルくらぶ』『邦子がタッチ』など報道からバラエティまで全ジャンルの番組を担当。1997年退社し、フリーアナウンサーのほか、企業・大学の研修講師として活躍。東京タクシーセンターで外国人旅客英語接遇研修を担当するほか、supercareer.jpで個人向け講座も
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