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「武士」が持っていて「現代男」が持たない最大の“忘れ物”とは?

社会・政治 投稿日:2016.09.19 06:00FLASH編集部

「武士」が持っていて「現代男」が持たない最大の“忘れ物”とは?

写真:中西祐介/アフロ

 

 武士ならどうする? 700年前より脈々と引き継がれてきた小笠原流礼法について、『武家の躾 子どもの礼儀作法』(光文社新書)を上梓したばかりの小笠原敬承斎氏が指南する。

 

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 私は小笠原流礼法宗家として、代々守ってきた作法を現代に伝えている。そして、ひと昔前は当たり前だった日本人としての礼儀が、しだいに失われてきているのを感じている。

 

 小笠原流礼法は、約700年前の室町時代、足利尊氏の家臣であった小笠原貞宗が確立した、武士の礼法である。

 

 封建制度下の室町期に生きた武士は、相手や状況に応じて振る舞うことが望ましいとされ、お互いの人間関係は円滑に保たれていた。現代の我々と同じように、武士にとっても、日々の暮らしを安定させるために、人間関係は重要だったのだ。

 

 相手との心理的な距離感、振る舞い方、行動のすべてに「程」、すなわち「程度」を知ること——。この、「程」を知らせることは、子どもたちの躾にも欠かせず、まず大人がそのお手本とならなくてはならないはずだ。

 

 武士が大切にしていたことで、現代の男性には薄らいでしまったことは何だろうか。それはひとことでいうと、「こころのおさまり」である。

 小笠原流の伝書に、

 

《ある証文文に人の覚悟の事 まず身をおさむべき事第一肝要なり。
 身をおさむるとはこころをおさむるなり。左候(そうろ)へば すなわち身をおさむるにて候》

 

 とある。こころが備わっていることによって、その場に相応しいふるまいができる。

 では、こころが備わっているとは、どのようなことを指すのだろうか。

 

 武士は戦場のみならず、いつでも自分の身を処する覚悟があった。

 

 決して命を軽視していたわけでも、自分の人生を悲観して捉えていたわけでもない。自分の立場をわきまえ、生き方に対する名誉を重んじていたゆえに、覚悟を持っていたということだ。

 

 そこには当然のことながら「お家(いえ)の恥」という概念が存在し、奉公するお家の繁栄を願う気持ちがあった。したがって、自分の身を第一に考えて行動することは、武士の恥であったというわけだ。

 

 自分の発言や行動が、相手にどのような印象を与えているのか。あるいは、相手の発言から自分はどのように振る舞うことが望ましいのか。

 

 これらのことを、つねに自身のこころに問うのである。

 

 昔から噂話をする人は存在するもので、伝書には、「慎みに欠けた行動をすると、人々の口にのぼるようなことになりかねないから注意するように」と記された箇所もある。

 たとえば、伝書には次の教えが記されている。

 

《御湯殿(おゆどの) 御手水(おちょうず) 御心に御まかせ候事 第一の御恥なり》

 

 浴室や化粧室など、一人になる場においては、逆に気持ちを引き締めておく必要があるということである。さらに、

 

《如何に心易き召使いの女房もいい沙汰におよぶものに候》

 

 ともあり、たとえこころを許している奥女中が相手であっても慎みに欠けた行動をすると、うっかりどこかでその様子をもらしてしまう可能性があるといっている。

 

 武士は人にどう見られるか、たとえ周りに人がいなくても気にするべきなのだ。
 

 たとえばファストフード店でハンバーガーを食べるときには、作法など必要ないと思われるかもしれない。

 

 もちろん、ファストフードをかしこまって食べるのは不自然なことだが、他者に不快感を与えないためにひとつだけ、おすすめしたい心得がある。

 

 それは、「月の輪」をつくらないこと。

 

 伝書には、

 

《一口に喰えば喰跡(くいあと) 月の輪の如くに見え 見苦しく候》

 

 と記されている。

 ここでいう「月の輪」とは、一口かじったときに歯形がついて、月の輪のようなかたちになることを指す。いくらカジュアルな席でも、月の輪は目に立ち、配慮に欠ける。

 

 そこで、一口食べたら、左端と右端を続けて食べる。すると、月の輪の歯形はなくなる。つまり、食事に関する作法も、すべて「目に立たない」ことが基本なのだ。

 

 幼い子どもも、この食べ方を教えると、楽しんで実践してくれる。

 

 己を消し、目に立たないようにとのこころ遣いから、美しい所作が生まれ、それによって周囲との和が育まれる。こうしたこころの動きを身につけることができると、あらゆる場面において、慎みのある行動をとることが可能となる。

 

 いつでも、誰に対しても、自分を前面に出すことなく、周囲への気遣いを欠かさずに、楽しいひとときをつくりたいものだ。

 


<著者プロフィール> 
 小笠原敬承斎(おがさわらけいしょうさい)

 東京都生まれ。聖心女子学院卒業後、イギリスに留学。副宗家を経て、1996年に小笠原流礼法宗家に就任。700年の伝統を誇る小笠原流礼法初の女性宗家となり注目を集める。著書に『誰も教えてくれない 男の礼儀作法』『男の一日一作法』(以上、光文社新書)、『見てまなぶ 日本人のふるまい』(淡交社)、『美しい日本語の作法』(小学館)、『伯爵家のしきたり』(幻冬舎)、『イラストでわかる礼儀作法基本テキスト』(日本能率協会マネジメントセンター)など多数。

 

<『武家の躾(しつけ) 子どもの礼儀作法』>

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