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徳仁天皇は48回もの外遊を…知られざる「王室外交」とは

社会・政治 投稿日:2021.03.31 16:00FLASH編集部

徳仁天皇は48回もの外遊を…知られざる「王室外交」とは

 

 2019(令和元)年10月22日、皇居正殿「松の間」で徳仁天皇の「即位礼正殿の儀」が厳かに執り行われた。

 

 中庭を挟んで「松の間」の反対側に位置する宮殿「長和殿」では、色とりどりの勲章を身につけた貴顕たちが、古式ゆかしい即位礼をじっと見つめていた。彼らはこの日のために海外から集まった、世界各国の元首や元首級の首脳たちである。

 

 

 この日、即位礼に招待を受けたのは191ヵ国と2つの国際機関の代表たちであった。2021年現在の国連(国際連合)加盟国は193ヵ国であるが、まさに地球のほとんどの国から駆けつけてくれたことになる。

 

 なぜこれだけの貴顕が世界中から集まったのであろうか。21世紀の今日、世界で最も長い伝統に包まれた日本の皇室に敬意を表するという意味もあるであろう。さらに第2次世界大戦後の日本が、70年以上にわたって築いてきた各国との友好関係も影響しているのかもしれない。

 

 しかしそれ以上に重みを持ったのが、徳仁天皇自身の「外交歴」にあったのではないだろうか。

 

 徳仁天皇(1960年生まれ)は、大学を卒業された1982(昭和57)年秋に親善のためにブラジルを訪れられて以来、「お立ち寄り」も含めれば、48回もの外遊を経験している。訪問した国はのべで97ヵ国にも及ぶ。

 

 またこの間、昭和~平成の時代に国賓や公賓として来日した各国の貴顕らの接遇にも、祖父の昭和天皇(在位1926~89年)や父の明仁天皇(在位1989~2019年)とともに携わってきた。

 

 また近年では、オランダのウィレム=アレクサンダー国王(在位2013年~)の即位式やスペインのフェリーペ6世(在位2014年~)夫妻の結婚式(2004年)にも出席されている。

 

 両国王は王妃を伴い、このたびの即位礼にもいの一番に駆けつけてくれた。すなわち、これまでに徳仁天皇自身が築き上げた世界中の首脳たちとの「絆」が、このたびの即位礼にこれだけの貴顕が集まってくれた大きな要因となっているのである。

 

 海外を公式に訪問した初めての天皇は、徳仁天皇の祖父である昭和天皇だった。皇太子時代の1921(大正10)年にはヨーロッパ各国を歴訪していたが、天皇としてもちょうど半世紀後の1971(昭和46)年に同じくヨーロッパを訪れ、さらに1975(昭和50)年にはアメリカ合衆国も公式訪問した。

 

 そして次代の明仁天皇は、1953(昭和28)年6月に行われたイギリスのエリザベス2世(在位1952年~)の戴冠式に出席し、その後西ヨーロッパ諸国を訪れて、帰路にはアメリカを訪問したのを皮切りに、まさに世界中を旅した。

 

 美智子妃と結婚されてからも、その翌年の1960(昭和35)年秋に「日米修好100周年」を記念して、夫妻でアメリカを訪れ、当時のアイゼンハワー大統領から大歓迎を受けている。それからの30年近くの間に、皇太子夫妻は22回の外遊でのべにして実に66ヵ国も訪れた。

 

 さらに天皇に即位してからは、1991(平成3)年にタイやマレーシアを廻られてから、2017(平成29)年のヴェトナム訪問まで、20回の外遊でのべにして47ヵ国を訪れている。

 

 特に最後の外遊では、ヴェトナムからの帰路にタイに立ち寄り、その前年秋に崩御した長年の親友ラーマ9世国王(在位1946~2016年)の弔問に訪れた。

 

 実は天皇皇后や皇族による海外への訪問等は、「外交」とは言わずに「国際親善」と表現されている。

 

 宮内庁が公式に定義する「国際親善」とは、「天皇・皇族の外国ご訪問をはじめ、賓客として訪れる外国の国王・王族・大統領などのご接遇、その他来訪の外国要人などのご引見、外国元首とのご親書やご親電の交換、外国の慶弔に際してのご名代等のご差遣、在日外交団の接遇など」多岐に及んでいる。

 

 日本国憲法が定める天皇の国事行為にも含まれているが、日本に赴任した新任の大使が信任状を携えてやってくるのも、霞が関の外務省にある外務大臣執務室ではなく、まさに「即位礼正殿の儀」が執り行われた宮殿「松の間」であり、ここで各国大使から天皇への信任状捧呈式が行われているのである。

 

 これら天皇による一連の接遇や儀式のあり方を見れば、いずれも各国の元首らが執り行う「外交」に寸分違わぬものであることに気がつかれるであろう。

 

 第2次世界大戦後の日本の国際政治学を牽引した高坂正堯は、昭和天皇が崩御した直後に、次のような名言を残している。

 

「“会う” ということが、外交政治においては大切なことなんですね。会うことによってお互いに信頼関係を築き上げることができる。ところが政治家の場合には、会ったら何らかの成果をあげなければならないという制約がある。天皇さんはそんな必要がない。

 

 仮に10回会うとしたら、5回ぐらいは特にどうという話をしなくても全くかまわない。そもそも外交というのは、会えば必ず結論が出るというものではないのですから。それでいいんです。

 

 そういう意味では国と国との関係を非政治化し、とくに政治的意味合いがなくても、お互いに関係を続けていくために天皇さんは大変ありがたい存在ですね」(『文藝春秋』第67巻4号、1989年3月特別号、239頁より)。

 

 この高坂の至言は、「ソフトの外交」としての王室外交の極意を見事に表現したものであろう。

 

 

 以上、君塚直隆氏の新刊『カラー版 王室外交物語 紀元前14世紀から現代まで』(光文社新書)をもとに再構成しました。一見すると時代遅れの遺物と思われがちな王室や皇室が、21世紀の現代に極めて重要な意味を持つ理由を考えます。

 

●『カラー版 王室外交物語』詳細はこちら

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