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リプトン創業者の婚外子が“泥沼相続裁判”の悲しき結末を告白「裁判費用で結局は赤字、母は倒れて認知症に……」

社会・政治 投稿日:2021.06.23 19:00FLASH編集部

リプトン創業者の婚外子が“泥沼相続裁判”の悲しき結末を告白「裁判費用で結局は赤字、母は倒れて認知症に……」

裁判を振り返る真里さん。「ごく普通の女性として生きてみたかったです」

 

「お父さんは、どうして私に遺言を残してくれなかったのでしょうか……」

 

“泥沼の裁判”の顛末をそう振り返る女性は、城生真里さん。 “お父さん” と呼ぶのは、「京都の紅茶王」の異名で知られた福永兵蔵さんのことだ。真里さんは、2005年に101歳で死去した兵蔵氏の婚外子である。

 

 

 福永さんは1930年8月、英国紅茶「リプトン」の直轄日本喫茶部を京都に創業。1967年に商号を「株式会社フクナガ」に変更して、とんかつ専門店「かつくら」など幅広い飲食事業を展開する企業に育てた実業家だ。フクナガの年商は54億6000万円(2019年実績)にのぼる。

 

 兵蔵さんは、2度の結婚で5人の子供をもうけており、さらに城生八重子さんという女性との間にも結婚しないまま子供をもうけ、認知した。それが真里さんだ。そんな兵蔵さんの死去から間もない2006年、真里さんの元へ内容証明が届く。送り主は、フクナガの後継者となった後妻の長男だった。

 

 真里さんが目にしたのは、自分の遺産相続分として「7万8002円」なる記載と、それ以外の権利は存在しないとする「債務不存在確認」の文書だった。

 

「“お父さん” の遺産は20億円は下らないはず、小さい頃から私をとても可愛がっていたのにーー―」

 

 愕然とした真里さんが応じないでいると、後妻の長男は債務不存在確認を求める訴訟を提起した。これに対し、真里さんは2009年に遺産請求訴訟を起こして対抗した。それが、地獄の法廷闘争の始まりだった。

 

 この「京都の紅茶王」の遺産をめぐる泥沼裁判がワイドショーを賑わしたのは、2015年のこと。あれから6年。結末はどうなったのか。本誌の取材に応じた真里さんが、少しずつ語り始めた。

 

「裁判は合計8年に及びました。私には婚約者がいましたが、結納の前日に『これから色々あると思うけど幸せにやりましょうね』って言ったら、彼から『真里の遺産があれば大丈夫だよ』と耳を疑うような言葉が返ってきて……。ショックで婚約を破棄しました。この遺産裁判で、自分が女として思い描いていた幸せはすべて奪われたのかもしれません」

 

 2013年に京都地裁が出した判決では、認められた相続分は588万7121円だけ。真里さんはこれを不服として大阪高裁へ控訴したが、高裁が提示した6500万円の和解案もまとまらず、裁判は続いた。真里さんは、“紅茶王”の遺産を手にすることができたのだろうか。

 

「その後、双方の弁護士同士の話し合いで解決しようということになったのですが、結局、私に支払われた金額は、長年の弁護士費用や交通費とトントン。婚外子でも少なくとも2億円はもらう権利があったはずなんです。結局、フクナガ側が相続トラブルに関する報道でブランドイメージが毀損するのを恐れて和解を求めてきたので、それに応じました。結果としてこの裁判は経費倒れになってしまいましたね」

 

 真里さんが心を痛めているのは、女手一つで育ててくれた母・八重子さんのことだ。

 

「長い裁判の末に、母は倒れてしまって……。糖尿病からくる合併症で脳出血を3度、脳梗塞を2度やりました。もともと、私が小学校の頃に最初の脳梗塞で倒れて、お医者さんからは『次倒れると命はないよ』と言われていました。さらに癌も患ってしまい、現在は要介護4の状態になり、もう私が誰かも分からないようです」

 

 真里さんは、生まれ育った京都を離れ、東京で新たな生活を始めるという。

 

「まだ母の意識がはっきりしていた3年前に、こう言われました。『真里、絶対に東京で暮らしなさい。閉鎖的な京都で、リプトンの事件の後に暮らすのは厳しい。ここにいてはダメよ』と。だから、母が生きているうちに家を売り払って東京に行こうと心に決めていたんです」

 

 真里さんによれば、生前の兵蔵さんは「歳をとってからの娘」である真里さんを「溺愛」していたという。「この写真はお父さんが撮影した写真です。私のことが大好きだったんです」と言って、いくつかの写真を見せてくれた。

 

「お父さんからは、それはもう、猫可愛がりされました。母と、私が小学校低学年の時に別れるまでは、ずっと家に来ていましたから。中学生の頃、母に『お父さんに会いたい』と言ったら、『なら家から出ていきなさい! 誰のおかげで生活できてる思っているの!』と叱られました。私がお父さんに会いに行くのが嫌だったんでしょうね」

 

 今年4月には兵蔵氏の墓前で手を合わせ、こう語ったという。

 

「お墓で話しかけたんですよ。『もうお母さんもいつ亡くなるかわからない。お父さんがちゃんと遺言さえ書いてくれていれば、こんなことにならなかったのに』って。私はリプトンの事件によって、平凡に人生を生きられなくなってしまいました。それも運命ですかね」

 

 運命とは巡り合わせだ。複雑な家庭環境を振り返るなかでも、こんな “秘話” を打ち明けてくれた。

 

「本当は、お父さんは私を引き取りたかったみたいなんです。でも、母が許さなかったみたい。父は母が妊娠した時、『頼むから男の子を産んでくれ』と言っていたようです。私がもし男だったら、フクナガの後継者にしたかったということですよね。男に生まれていたら、なんて考えることもありますよ」

 

 あの日、あの瞬間、少しだけ何かが違っていればーー。

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