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9.11から20年、遺族が撮った復興の軌跡【写真あり】

社会・政治 投稿日:2021.09.11 07:45FLASH編集部

9.11から20年、遺族が撮った復興の軌跡【写真あり】

2004年のグラウンド・ゼロ

 

 2001年9月11日朝、ニューヨークの世界貿易センタービル・ツインタワーに、2機の飛行機が相次いで突っ込んだ。

 

 爆発炎上した2棟の超高層ビルは、やがて跡形もなく崩落する。死者2973人の中には、日本人24人も含まれていた。

 

 富士銀行(現みずほ銀行)ニューヨーク支店では、行員12人が行方不明となった。そのなかで最年少の犠牲者となったのが、住山一貞さんの長男・杉山陽一さん(当時34歳)だった。

 

 陽一さんには妻・晴美さん(同36歳)、長男(同3歳)、次男(同1歳)がいた。そして、晴美さんのお腹には3カ月の命が宿っていた。

 

 

 2002年の4月、瓦礫の中から陽一さんの “遺体” が見つかった。しかし右手の親指だけで、DNA鑑定の結果、体の一部と判明したものだ。

 

 事件の後、住山さんは言いようのない喪失感に襲われて苦しんだという。いても立ってもいられない気持ちだった。

 

 9.11追悼式典へ毎年参加していた住山さんは、遺族だけが入ることを許されるファミリー・ルームからグラウンド・ゼロの写真を撮りつづけてきた。

 

 住山さんにとってグラウンド・ゼロの復興の過程を記録することは、テロで息子を失った自身の心を再生するための行為だった。

 

「グラウンド・ゼロが復興すれば、私も気持ちの上でようやく区切りがつけられるのではないかと思っています」

 

 2010年の本誌取材に、こう語っていた住山さん。当時、復興は順調に進んでいるとはいいがたかった。

 

 復興は、山となったがれきの撤去から始まった。住山さんが、初めてファミリールームから撮影した2002年の写真には、まだ右端にがれきが積まれていることが見て取れる。

 

 事件から2年後には、新しいワンワールドトレードセンターのデザインが発表され、9.11の記念碑や博物館などの計画も出始める。しかし、予算や景気の関係で、4年以上建設が進まなかった時期もあった。本格的に建設が始まったのは、2008年頃からだ。

 

 あの日から20年がたった現在、跡地にはアメリカで最も高い建物となったワンワールドトレードセンターや、各種超高層ビル、リバティ・パークや記念碑が立ち並んだ。

 

 風景だけを切り取れば、復興は終わっているようにも見える。住山さんの心に、区切りはついたのだろうか。今の心境を尋ねると、こんな答えが返ってきた。

 

「グランド・ゼロも立派に復旧して、たしかに現地に行っても、心の痛みのようなものはあまり感じなくなりました。

 

 むしろ追悼施設があまりに壮大で、圧迫されるような感じがあります。私としては、もう少しこじんまりとしたものの方が、気持ちに近い感じがしています」

 

 住山さんはこの秋、アメリカ議会の特別委員会による調査書「9/11レポート」の翻訳版を出版する。すべてを翻訳しきるまで、7年の月日を費やした。

 

「個人的には、調査報告書の翻訳ができたことで、充足感はあります。でも次を書く予定で、まだ息はつけません」

 

 住山さんにとって、9.11は一生のテーマになっているのだ。

 

写真提供:住山一貞さん

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