では、なぜ「朝日新聞」は、コロナ禍での休退学者をことさらに強調するのか。2021年になって、蒲生講師はある事実に直面する。
「4月に『朝日中退予防ネットワーク』(以下、中退予防ネット)がスタートしたのです」
「中退予防ネット」のHP上の案内によると、オンライン上での議論や、専門委員による講演の聴講、別途有料での個別相談ができるという。運営は、朝日新聞社の「A-portオンラインサロン」だ。
オンラインサロンとは、ネット上の有料会員制コミュニティで、キングコングの西野亮廣や、オリエンタルラジオの中田敦彦など、熱狂的なファンを持つ芸能人が多くの会員を集めている。この2人の場合、会費は月額980円だ。
「『中退予防ネット』の月会費は、大学・高校などの法人会員で1万2100円、大学教員などの場合は3300円、高校教員などの場合は1100円です。私の場合、年額で3万9600円にもなります。一般的な学会の年会費が1万円前後ですから、かなり高額だと感じます」
「中退予防ネット」設立の経緯や、高額な会費に疑問を持った蒲生講師は、朝日新聞社に問い合わせた。
「企業の社会的責任(CSR)として、望まずに大学を中退する学生を減らすことに取り組むなら意義深いことです。しかし、朝日新聞社は『CSRではなく、事業化を目指している』と躊躇なく明言しました。
しかも、『中退予防ネット』の副委員長を務める人物は、『朝日新聞』の紙面に深く関わっており、同時に、2020年春から同事業のアドバイザーだったというのです。
コロナ禍で大学の休退学者が増えると見越し、事業化を進めながら、『休退学者が増加する』と紙面で教育関係者の不安を煽り、自社の営利事業に誘導しようとした可能性があるかもしれません」
「中退予防ネット」の副委員長を務めるのは、大正大学地域構想研究所の特命教授・山本繁氏だ。
山本氏は教育NPO代表として、大学生の休退学問題を調査。『中退白書2010』を刊行した後、文科省勤務などを経て、文科省の専門調査員や中央教育審議会の臨時委員などを歴任した。国の教育行政に影響力を持つ人物だ。
「朝日新聞」にはNPO時代にも登場しているが、コロナ禍以降は登場頻度が上昇。コメントを4回寄せている。
当初は「中退増が心配 カギは友人作り」(2020年6月16日付)と、オンライン授業に適応できず、退学してしまう学生へのケアを訴えていた山本氏。しかし、2021年2月17日付の記事へのコメントに、蒲生講師は違和感を持った。
「『コロナ影響 休退学5800人』という見出しですが、中身は『全体の休退学者は約9万4000人と前年より12%減っている』という内容です。ここで山本氏は、『中退者が前年より減ったからといって、問題が起きていないわけではない。問題発生から退学届を出すまでに、平均11カ月のタイムラグがある』という説を解説しています」