2020年12月15日、神奈川県座間市のアパートで男女9人の頭部遺体が発見された事件の判決が下った。被告人は白石隆浩(逮捕時は27歳)。判決を言い渡したのは矢野直邦裁判長だった。
緊張感が高まる中、矢野裁判長はこう語る。
「白石被告は、SNS上で自殺願望を表明するなど悩みを抱え、精神的に弱っていそうな女性を狙い、自分にも自殺願望があるかのように装うなどして言葉巧みに被害者らをだまして被告人方に誘い込み、悩みを聞くふりをするとともに、酒や薬を勧めて抵抗しにくい状態に陥れた後、突如襲い掛かり、手や腕で頸部を締め付けるなどして失神させた後、女性被害者に対しては強制性交もした後、ロープで首を吊って殺害している」
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その上で、「被害者らが、SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)上に自殺願望を表明するなどしていた未成年者を含む若年者であったこともあり、SNSの利用が当たり前となっている社会に大きな衝撃や不安感を与えたといえ、社会的な影響も非常に大きい」として、「死刑」を言い渡した。
精神鑑定では、責任能力に欠けた精神状態ではなく、なんらかの精神疾患があったわけでもないことが明らかにされていた。さらに裁判で明らかになった白石の生い立ちについても、特に暴力性に関わるエピソードはなかった。
ならば、白石は、私たちの日常の延長上に存在したことになるのではないか。判決を聞いても私は、白石の行動やその背景に納得できないでいた。ただ、それは、私たちの日常の先に白石に宿る狂気が存在してほしくなく、安心したいだけの心理なのかもしれない。
そう思いながら法廷を出ると、外には結果を知った傍聴人(や傍聴希望者)がいた。被害者の気持ちに寄り添っている人。白石の心情を想像する人。傍聴人の様子はさまざまだが、どちらの立場の人もなぜか泣いていたのが印象的だった。
ある1人の傍聴人に裁判も含めて事件の感想を聞いてみる。答えてくれたのはフリーターのOさん(20代)だ。Oさんは、7回抽選に足を運び、5回傍聴した。当初は「どうせスカウトの事件でしょ?」と思っていたが、傍聴で白石の話を聞くたびに引き込まれたという。
「私も、鍵付きのTwitterアカウントで、『死んでもいいわ』くらいはつぶやいたことがあります。普段のつぶやきは、『死にたい』とかじゃないんですが、大学の卒業が延期となり、ずっと家にいました。卒業できず意味があるのか、『死んでもよくねえ』と思ったんです」
■減ることのない類似事件
座間事件から4年以上が経過した今も、死にたいとつぶやく人はTwitter上にたくさんいる。そして、実際に殺害されてしまうような、座間事件と類似の事件も起きている。
例えば、2019年9月、東京都豊島区内のホテルで、Twitterで自殺願望について投稿していた無職の女性(当時36歳)を殺害したとして、大学生(当時22歳)が嘱託殺人の罪で逮捕されている。
ホテル側からの110番通報で事件が発覚したとき、女性は衣服を着ていた状態で、大型の布団圧縮袋のようなポリ袋に膝を抱えた状態で入れられていた。大学生は、TwitterのDMで自殺願望のある人たちとやりとりをしていたようで、そのうちの1人が、被害女性だった。
検察側の証言によれば、そのほかにも、やりとりしたアカウントは183もあったという。裁判で、大学生は犯行の理由を次のように説明している。
「6月に教育実習をして、教師に向いていないと思いました。7月には採用試験を受けましたが、結果が出る前に、不合格で間違いないと思って、正直、落ち込む原因になりました。きっかけと言えるかどうかは分からないが、Twitterで自殺志願者のアカウントがあることを知り、力になりたいと思いました」
この事件以外にも2021年3月には、浜松市の中学3年の女子生徒(当時15歳)を誘拐し、自殺を手伝ったとして、未成年者誘拐と自殺幇助の罪で無職の男(当時33歳)が逮捕された。
起訴状によると、男は、自殺をしたいと考えていた女子生徒とSNSを通じて知り合い、未成年と知りながら保護者に無断でキャンプ場に連れ出した。2人は目貼りしたテント内で練炭を燃やして自殺を試みると、女子中学生だけが死亡した。男は「誘拐はしていない」と一部の容疑を否認した。
このように、座間事件後も類似の事件は続いている。それだけTwitterなどで「死にたい」とつぶやく人が後を絶たないのだ。なぜ、自殺を希望するかのような心情になるのか。
例えば、浜松市の事件では、遺族が「いじめがあった」と主張、通っていた静岡大学教育学部附属浜松中学校は、いじめ防止対策推進法に基づく調査委員会を設置していた。いじめの有無は公表されていないが、委員会によると、職員間の情報共有が不十分で、早い段階での効果的な指導ができないでいたという。具体的なことは明らかではないが、いじめや自殺に関連する何かしらの情報があったことを事実上、認めている。
こうしたメンタルヘルスにまつわることは、座間事件の被害者にも見られていた。いずれも、被害者となる側に、自殺に関連する背景があったにもかかわらず、周囲がうまくつかめていない、あるいは、つかめていたとしても十分な共有ができず、後手になってしまっている。
■事件が多発・続発しないために
座間事件以降、SNSへの対策として総務省は、自殺誘引情報などの書き込みを禁止する旨を利用規約などへ明記し、適切な運用、利用者への注意喚起することを、事業者団体に要請した。各事業者は削除可能な旨を定めていなかった場合、それを明示するようにした。
また、警察庁は、インターネット・ホットラインセンター(IHC)への委託業務として「自殺誘引等情報の削除依頼」を追加した。緊急の場合は、都道府県警察に通報する。
2017年12月に総務省は、検索事業者とSNS事業者、自殺対策関係のNPOを繋ぐ場を設けた。厚労省も同月、ユーザーが「自殺」「死にたい」などの自殺関連用語を検索したときに、自殺対策のサイトへの誘導を行うことを要請している。
さらに、厚労省は、2018年3月からNPOなど合計13団体でSNSを活用した相談事業も始め、2020年4月時点でも5団体が相談を続けている。
ただ、相談件数のデータとして、年齢や属性、職業などはとっているものの、具体的な有効性の基準や判断などの調査・研究については今後の課題として残されている。また、あくまでもSNS相談はきっかけづくりの1つでしかない。
2021年2月に凍死した北海道旭川市の女子中学生はそれまでいじめを受けており、民間団体「きらきら星」やネットのリアルタイム配信者に相談をしていたことが分かっているが、いじめそのものが終わることはなかった。
相談窓口は、話ができたとしても、問題解決する場所にはなりえない。しかし、当事者は問題解決を望んでいるし、すぐに解決できないとしても、自ら命を絶たないようにするためにも安全な場所を提供する必要がある。
つまり、相談窓口、解決の手段や安全な場所が連動することが望ましい。そうした場所を確保し、相談窓口と連動していくことができれば、座間事件と類似の事件は続発しないのではないか。
座間9人殺害事件の現場は、事件さえなければ、よくある郊外の街だ。鳥の鳴き声が響き渡り、近くを走る小田急線が通過する音が聞こえる。ただ当時、白石が利用していた牛丼店は別の店になり、時間が流れているのを実感した。裁判では真相が全面的に明らかになった感じがせず、しっくりこないが、事件が風化されないことを願う。
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以上、渋井哲也氏の新刊『ルポ 座間9人殺害事件 被害者はなぜ引き寄せられたのか』(光文社新書)をもとに再構成しました。同じような事件を二度と起こさせないために、長年若者の生きづらさについて取材を続けてきたジャーナリストが事件を再検証します。
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( SmartFLASH )