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まさかりで頭骨を打ち破って半死のクマを乱打…島に泳いで逃げたヒグマ撃退記【1912年、利尻島ヒグマ上陸事件】

社会・政治FLASH編集部
記事投稿日:2023.04.15 06:00 最終更新日:2023.04.15 06:00

まさかりで頭骨を打ち破って半死のクマを乱打…島に泳いで逃げたヒグマ撃退記【1912年、利尻島ヒグマ上陸事件】

北海道にのみ生息するヒグマ

 

 北海道にのみ生息するヒグマ。北海道開拓の歴史は、この猛獣との戦いによって進展してきたと言ってもいいだろう。環境省の報告によれば、ヒグマによる死亡事故は、1980年以降15名。2008年の3名をピークに、数年おきに1〜2名が犠牲となっている。

 

 今回はやや趣向を変え、島まで泳いで渡ったヒグマの話をしてみよう。

 

 

 2018年5月、北海道利尻島で約100年ぶりにヒグマの痕跡が見つかった。新聞各紙も取り上げ、「利尻島ヒグマ泳いで上陸? 106年ぶりか」(北海道新聞、6月1日付電子版)などと大きく報じられた。

 

 

 5月30日、利尻島南部の海岸でヒグマの足跡が発見され、その後、島内全域で糞などの痕跡を確認。さらに林道に設置されたセンサーカメラにも、その姿が録画された。

 

 利尻町ならびに利尻富士町は、ただちに検討会議を開き、島内パトロール、防災無線による島民への注意喚起を呼びかけた。そして11月7日、「現時点では利尻島内にヒグマが生息している可能性は、限りなく低い」という事実上の安全宣言を出して、事態は収束した。

 

 その根拠は、「痕跡のない状況が3カ月以上続いている」「冬眠へ向け準備を始める10月以降になっても下に降りてきていない」等で、当該ヒグマは交尾相手を探しに来たオスで、「メスの存在が確認できない時点で本土へ戻った可能性が高い」とした。同時に、「崖から落ちる等により死んでいる可能性」も指摘している。

 

 北海道新聞の見出しにもあるとおり、同島でヒグマが目撃されたのは、実は2018年が初めてではない。明治45年(1912年)5月にも、島の南西部・鬼脇村に上陸を試みたヒグマがいた。同年10月に『動物学雑誌』に掲載された八田三郎博士の小論『熊の渡海』に、その経過が詳しく報じられているので、少し長いが引用してみよう。

 

《本年五月二十三日午前五時、クマ一頭沖合より泳ぎ来りて、利尻島鬼脇村石崎岬に上陸せんとせしが、漁人等に駆逐せられ、再び沖合へ逃走せり。

 

 午前十一時頃には、石崎岬を距(へだた)ること二里余北方なるアフトロマナイ(筆者注:現在の旭浜)の沿岸に出現せり。漁夫二人小舟に打ち乗り、クマとわたりあい、鉞(まさかり)を用いてクマの頭骨を打ち破れり。

 

 この時クマは大に怒り鉞を奪へるのみならず、舟を覆さんとあせれり。二人の漁夫は身を飜して海中に飛び入り、ヤット危険を免れたり。

 

 この時多人数の漁夫は諸方より、多くの保津舟(ホップネ)に乗りて集り来り、海中の二人を助け、半死のクマを乱打して撲殺し、海岸にひきあげ、棒にて支えて撮影せり」

 

 撲殺されたヒグマは6歳で、体長7尺(2m10センチ。一説には体長2.4メートル、体重300キロ)を超えたという。ヒグマは赤坂漁場の若衆によって引き揚げられ、頭骨は粉砕されて薬として配布され、毛皮は親方宅(一説には捕殺に関わった佐々木家)で使用されたが、現在の所在は不明という。

 

 事件当初は1匹だけでなく、「数匹が渡ってきて、遅れた1匹が撲殺された」という噂が立ち、これまでヒグマが棲息したことがなかった島では、誰もが非常に怖れたという。夜中に外出する者はほとんどおらず、さらにヒグマの親子を見たという噂も立ち、各村で山狩りがおこなわれた。だが、3〜4カ月経っても、1匹も獲ることがなかった。

 

 ヒグマが、対岸の手塩地方から約20キロを泳ぎ渡ってきたのは明白だった。いったいなぜそんな暴挙(快挙?)をおこなったのか。

 

 八田は《利尻島石崎の対岸なる地方には、五月二十一~二日まで両三日つづきて、かなり大なる山火事ありしは事実なり。これ恐らく移住を促せし有力なる動機の一なりし》としている。

 

 山火事に追われてやむなく海を渡ったというのだが、明治45年5月に手塩地方で山火事があった記録はないようだ。しかし、前年の明治44年、当時「天北大火」といわれた大山火事が、天塩北見方面をなめ尽くしたことがある。

 

 北海道庁の防災ポータルサイトによれば、《4月24日から5月中旬にかけて(中略)道内各地で大規模な山火事が発生した。焼失面積は158,000haに達した》。この山火事により、稚内市街、枝幸市街は灰燼に帰したという。

 

 5月に火事が多発するのは、北海道特有のいわゆる「馬糞風」によるものである。大陸の気温が急上昇して、シベリア高気圧が衰える一方で、南の高気圧が勢力を増す。

 

《この交替期に現れるのが、中国東北部から北海道付近を通る強い低気圧で、この後面から流れ込む大陸育ちの乾燥した空気が札幌の春風の主役となる》(『さっぽろお天気ネット』より)

 

 強い北西風により馬糞が舞い上がる。5月に大火が多いのは、この「馬糞風」にあおられた結果なのだ。

 

 前年の大火によって森林が焼き尽くされ、食うに困ったヒグマが渡海したのかもしれない。

 

 決死の覚悟で泳ぎ切ったヒグマであったが、「乱打して撲殺」というあえない最期を遂げてしまったのは、少々気の毒な気もする。

 

参考資料:『明治45年に利尻島に渡海したヒグマ標本』(佐藤雅彦等『利尻研究』2019年3月)

 

中山茂大
1969年、北海道生まれ。ノンフィクションライター。明治初期から戦中戦後まで70年あまりの地元紙を通読し、ヒグマ事件を抽出・データベース化。また市町村史、各地民話なども参照し、これらをもとに上梓した『神々の復讐 人喰いヒグマの北海道開拓史』(講談社)が話題に。

( SmartFLASH )

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