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「お客様ファースト」がもたらすサービス過剰社会「カスハラ」が起きるのはなぜなのか

社会・政治FLASH編集部
記事投稿日:2023.05.05 11:00 最終更新日:2023.05.05 11:00

「お客様ファースト」がもたらすサービス過剰社会「カスハラ」が起きるのはなぜなのか

「お客様ファースト」の優位性は、かつてないほど高まっています

 

 近年の「やりがい搾取」の温床であるサービス産業を見てみると、「お客様ファースト」の優位性は、かつてないほど高まっています。

 

 2014年、NHKの番組『クローズアップ現代』(「あふれる “ポエム” ?!~不透明な社会を覆うやさしいコトバ~」)で、「仕事のやりがい」を表す言葉がどれだけ観客の心を打ったかを競い合う「甲子園」と呼ばれるイベントが紹介され、大きな反響を呼びました。

 

 

 そのなかで印象的に流れた、エステティシャンの集会で叫ばれるスローガン、「すべてはお客様のために! すべては仲間のために!」が象徴的でした。

 

 このスローガンで言われている「仲間」とは、文脈上、「お客様のために尽くす仲間」のことであることは明白で、お客様に尽くさないエステティシャンは「仲間」ではありません。要するにこのスローガンは、突き詰めれば「すべてはお客様のために!」ということです。

 

「お客様ファースト」の職業観が社会的に共有されてしまえば、企業間の競争のなかで、サービスのインフレーションが起こるのは避けられません。

 

 それは、エステティシャンのような比較的、歴史が浅く、仕事内容についての社会的な合意があまりない仕事においては特にそうでしょう。客はどこまでも過剰なサービスを求めるようになり、他社に負けないためには、どの企業もサービスの水準を上げ続けなくてはならない。

 

 たとえばあるエステティックサロンがドリンクサービスをはじめたら、競合相手のサロンもそれをしなくてはならない。そこで出すドリンクがオシャレなハーブティーであったとしたら、それに負けないようなドリンクを出さなくてはならない。

 

 ドリンクだけでなくデザートも出すようになったら、どういったデザートで差別化を図るか考えなくてはならない。毎日違うデザインの手作りのウェルカムボードを店の前に出すことになったら、同じようなボードを出さなくてはならない。

 

 客ごとに個別のメッセージカードを渡すことになったら、それを超えるようなサービスをはじめなくてはならない、等々。

 

 競合相手がひしめき合う、いわゆる「レッドオーシャン」の市場のなかで、血で血を洗うサービス競争が過熱していきます(事実、エステティシャンの過重労働は有名で、そのことはいたるところで問題化しています)。

 

 どういった仕事かの具体的な合意が不明瞭なままで、企業間の競争に打ち勝っていかなくてはならないとなれば、対人サービスの労働量がインフレーションを起こすことは必然的なことなのです。

 

 またそれは、近年話題になっている「カスタマーハラスメント」(「カスハラ」)を引き起こしている原因のひとつでもあります。

 

 過剰なサービスを要求する客=「モンスターカスタマー」は、確かに「イタい」人たちでしょう。しかし、「すべてはお客様のために!」というようなスローガンが、こうした「勘違い」を引き起こしている側面もあると思います。

 

 問題は、彼らに対して、「それは私たちの仕事の範疇ではありません!」とか、「私たちの仕事は〇〇することで△△することではない!」と言えるような社会的な合意がないことで、私は、そのことこそが、カスハラをめぐる問題の本質にあると思っています。

 

 エステティックサロンに限らず、現在、「快適といえば快適だけど、ここまでのサービスをする必要はあるの?」と首をひねらざるをえないような過剰なサービスが、当たり前のものとなりつつあります。

 

 たとえば、タクシーの横に立って客を待ち続けるタクシー運転手の姿や、テイクアウト用のカップに一つずつ手書きでメッセージとイラストを書き込むカフェの接客担当の店員の姿は、かつては見られないものでした。

 

「タクシーの運転手の仕事は客を安全に目的地へと届けること」「カフェの接客の仕事は、おいしい商品を客に渡すこと」という社会的な合意が崩れると、サービスはインフレーションを起こしてしまうのです。

 

 そして、一度、サービスのレベルが上がると、それをしていない店は「サービスが悪い店」の烙印を押され、「相互監視」的な性格の強いインターネット社会においては、それが店への圧力となります。

 

 こうした社会の流れが、働く人々を壊し、社会を壊してしまう前に、仕事の社会的役割について考え直していくことは、喫緊の課題です。それがないと、どこまでもサービスを要求する消費者の声は今後も大きくなり続け、現場の労働は強化され続けるでしょう。

 

 こうしたことを避けるためにも、職業の社会的役割に関する合意が、今一度、なされなくてはならないのです。

 

 2018年、ある居酒屋チェーンに貼り出された「お客様は神様ではありません」という貼り紙が話題になりました。これをきっかけに「居酒屋店員の役割とは何か」に関する議論がSNS上で巻き起こったことは記憶に新しいですが、こうした議論は、今後、より活発化していくと考えられます。

 

 

 以上、阿部真大氏の新刊『会社のなかの「仕事」 社会のなかの「仕事」~資本主義経済下の職業の考え方』(光文社新書)をもとに再構成しました。「やりがい搾取」問題の火付け役として知られる社会学者が、「職業」について問いなおします。

 

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( SmartFLASH )

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