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米軍なら「懲役250年」113人処分の海自、大物OBが憤る“劣化”の理由
社会・政治FLASH編集部
記事投稿日:2024.07.17 14:50 最終更新日:2024.07.17 22:02
「不正に気づいても、見て見ぬふり、『なあなあな体制』が一部、残っているのではないか」
2024年7月12日、海上自衛隊トップの酒井良海上幕僚長は、相次ぐ不祥事を受けて海自の“組織文化”について、こう言及した。
防衛省は12日、事務次官や自衛隊制服組トップを含む、合わせて218人の処分を発表。同時に、もっとも多くの違反があった海自の酒井海幕長を19日付で交代させる人事を明らかにした。防衛省の発表によれば、違反や不正が確認されたのは、国の安全保障にかかわる「特定秘密」情報の取り扱い、潜水手当の支給、部隊内で無料で提供される食事の飲食、内部部局でのパワーハラスメントの4件だった。
「このうち『特定秘密』に関しては、適正評価を受けていない隊員を、秘密情報を扱う『戦闘指揮所』などで勤務させたというものです。特定秘密を見たり聞いたりしなくても、知り得る状態に置かれただけで、漏洩となります。
潜水手当をめぐっては、海自の幹部を含む隊員62人が、実際には潜水をしていないのに潜水したことにするなど、ごまかして、手当を不正に受け取っていました。また、海自では基地のなかに住む隊員だけに無料で提供される食事を、幹部を含む隊員22人が不正飲食していたことが判明。不正飲食の食事代は、2023年3月までの3年間で合わせておよそ160万円にのぼっています。
ほかにも、防衛政策の立案などを行う内部部局では、課長級以上の幹部職員3人が、部下に威圧的な言動を繰り返すなどのパワハラをおこなっていたことも発覚しました」(週刊誌記者)
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今回の不祥事のほとんどは、海自が舞台となっている。いま、海自内部で何が起こっているのか──。本誌は海自の大物OB2名に、海自の“特異性”について聞いた。
「順法精神の欠如ですね。決められたことを決められたとおりにやっていないということでしょう」
元海将で、金沢工業大学KIT虎ノ門大学院教授・伊藤俊幸氏は、今回の不祥事をこう一刀両断した。
「あきれたのは不正飲食です。何やってんだと。あまりにセコい話だから、論評したくもない。パワハラは内局で起きたことですので、詳しくわかりませんが、社会が変わってきているのに、まだそんなことをやっているのか。昔からの古い気質が、まだ残っているのかと驚きました」
伊藤氏がもっとも疑問視するのは、特定秘密の取り扱いに関する件だという。今回の処分に、現場は“腹落ち”していないだろうという。
「海自はすでに何十年も前から『特別防衛秘密(特防)』で運用してきました。これはアメリカから供与された船舶・航空機・武器・弾薬などの装備品や、資材に関する非公開情報が対象。米軍との取り決めで護衛艦の作戦室(CIC)勤務は問題ありませんでした。ところが、2014年に特別秘密保護法によって新たに『特定秘密』ができ、2つの申請が必要になりました。これは、外交やテロ対策も含みますが、現場からすれば、屋上屋を重ねるような感覚だったでしょう。もちろん、命じられたら従うのが自衛官。
ところが今回、処分の対象になった護衛艦部隊は、人がいないうえに超多忙ですから、まだ特定秘密がおりていなくても特防があるからと、CIC勤務をさせたのでしょう。そもそも資格を申請する余裕がない。余裕がないから、違反をしていても『まあいいんじゃないか』と。そういう『なあなあ』状態がはびこっていたんだと思います」(同前)
自身の現役時代と比べて、現在の海自は変わったという。
「明らかに訓練の練度は下がっています。2024年4月に、伊豆諸島沖でヘリコプター2機が衝突して墜落した事故もありました。亡くなった方々にはたいへん申し訳ないが、本来ありえない事故ですよ。訓練時数をしっかりとる態勢ができてない。十分な訓練管理ができておらず、これは上司の責任です。もうひとついえば、部隊を仕切っている一佐クラスが、本当に部下をちゃんと見ているのかという疑問がある。その結果、部下は納得しないまま表面上、上司に従っている。上司に相談しても、どうせ何もしてくれないとあきらめている。これが、今回のようなに不祥事につながるんですよ。
潜水手当の不正受給にしても、上司と部下とのコミュニケーション不足が原因です。潜水は過酷な任務ですから、潜水手当を出しているんです。潜水手当が足らないというなら、もっと上げてやればいい。それをせず、不正に走るのは、上に対して『上げてくれ』と言えない雰囲気があるからです。いわば、朝ドラの『虎に翼』の“スン”状態。上司の前では表面だけ“いい子”になって、裏では不正をやっている。米軍には『盗むな、嘘をつくな、卑怯なことをするな』という倫理規定があります。その軍事組織としての基本精神が、いまの海自にはなくなっている」
なぜ海自は“劣化”したのか。
「上が現場に冷たいからですよ。自分の出世しか考えず、ぜんぜん部下を見ていない。今回、酒井幕僚長の言葉も、私には無責任に聞こえました。『なあなあ』と言ったが、とても当事者の言葉とは思えませんでした。『お前が言うな』と言いたい」
元海上自衛隊自衛艦隊司令官(海将)の香田洋二氏も、古巣の現状への憤懣を隠さない。香田氏が問題視するのも、特定秘密の漏洩問題だ。
「明らかに脱法・違法行為があったわけで、組織倫理や責任感が欠けていたと言わざるをえない。とくに、特定秘密の漏洩問題は、防衛組織でありながら、秘密保全の意識が弛緩していたのは間違いありません。資格を持っていない者が、特定秘密の区画に入ること自体が、秘密漏洩に当たるという認識がそもそもなかった。自衛隊は、秘密保全が『イロハのイ』のはずが、その認識を失ってしまった。それが是正されず、任務達成に支障が出るなら、不正も許されるだろうという甘い考えがはびこったわけです」
香田氏がここまで憤るのも理由がある。かつて秘密保持は、厳格に守られていたという。
「いまは『見てみぬふり』が蔓延しているようですが、リベラルな旧海軍の伝統を継ぐ海自には、何か問題があれば指摘する文化がありました。100%とは言いませんが、自由にモノを言う文化があった。それが失われてしまっています。私は、海自で最初にミサイル護衛艦ができたときの現場の担当者でしたが、当時は情報漏洩に対して非常に厳しいものでした。資格がない者は、CICやミサイル管制室には絶対に入れなかったんです。機密保全の対象は、たとえばアメリカ製のミサイルだったので、米軍のミサイル学校の秘密保全の授業で『情報漏洩は懲役250年だ』『情報漏洩で同僚が100人死ぬんだぞ』と教えられました」
そんな徹底管理の体制が崩れる原因は何だったのか。香田氏によると、「業務量の増加」が原因だという。
「安全保障環境の変化も背景にはあります。冷戦時代だと、ソ連との戦いを想定した訓練が95%でした。ところがいまは、中国やロシアの船、さらに、北朝鮮の弾道弾が飛んで来るわけです。それで任務が格段に増えたんです。そして2014年に『特定秘密』の法律ができて、以前からあった米国製兵器だけを対象とするものと似たような法律の2本立てになったわけです。これを厳密にやると、業務量は2倍になる。
現場としていちばん悩ましいのは、やっぱり人が足りないということですね。たとえばCICの任務を10人でやるところが、有資格者が6人しかいないとなると、任務達成上の欠落が生じる。でも、組織として任務達成は、人がおろうとおるまいと、至上命令でやらなければいけない。そこで無資格者をCICに入れるようになったんだと思います」
今回、防衛省には“宿題”が残ったという。
「現場には『人がいないなかで、どうやって増加する任務を遂行するんだ』という慢性的なフラストレーションが続いています。当座の処分はこれで一件落着でしょうが、現場は人が減って、任務は増えています。処分だけすれば終わらない問題です。そういう意味で、防衛省が抱えた宿題は極めて大きいでしょう」(香田氏)
今回、処分を受けたのは海自だけで113人。これだけの数の処分者を出すのは前代未聞だ。
「これだけの数と言いますが、海自は約4万5000人いますからね。真面目にやっている隊員はいっぱいいます。いちばん怖いのは、こんなことで、自衛隊に対する信頼が崩れることです」(伊藤氏)
日本周辺が緊迫感を増すなか、海自の果たす役割はますます大きくなる。そんななかでの不祥事発覚は、日本の防衛に大きな問題提起を投げかけたようだ。
( SmartFLASH )