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なぜアベノミクスは効果が出ないのか…原因は1985年にあった社会・政治 投稿日:2018.01.26 06:00

なぜアベノミクスは効果が出ないのか…原因は1985年にあった

『プラザ合意(写真:AP/アフロ)』

 

 1985年9月21日、22日の土日、ニューヨークのプラザホテルに、アメリカの呼びかけで、日本、アメリカ、西ドイツ(当時)、イギリス、フランスの5か国の蔵相と中央銀行総裁が集まった。G5である。

 

 当時の日本は活気にあふれていた。欧米諸国に対して巨額の貿易黒字を出し、世界経済でほとんどひとり勝ちといっていいような状況だった。

 

 しかし、日本から見れば貿易黒字でも、相手から見れば貿易赤字だ。これにアメリカは不満を持ち、対日批判を強めていた。

 

 アメリカは、日本の黒字の原因は、行きすぎた円安だと分析し、それまでの円安を円高に転換しようと考えた。円相場は、1985年8月に1ドル=240円前後だった。いま振り返ると、よくそんな円安だったものだと、改めて驚く。

 

 アメリカはこれを問題にし、G5の会議を開いたのである。G5は、それまでの円安を円高に方向転換することを決めた。日本もそれを受け入れた。これを、「プラザ合意」と呼ぶ。

 

 プラザ合意の26年後(2011年10月)には1ドル=75円52銭になった。2017年、18年の円相場は、1ドル=110円前後で動いている。 240円から110円へ。2倍以上の円高だ。これは、日本で作っていた製品が、家電製品でも、自動車でも、海外で売るときには、値段が2倍を超えることを意味する。販売価格が2倍を超えて、やっていける企業はない。

 

 しかし、日本企業は対応した。どう対応したか。

 

 まずは、円高に負けず、製品価格を値上げしないでがんばることだ。しかし、仕入れ価格を抑え、賃金を据え置いても、コストカットには限界がある。それに、円高がどんどん進んでいては、先が見えない。

 

 そこで、やむなく日本企業は、生産拠点、簡単にいえば工場を海外に移し始めた。工場の海外移転、生産拠点の海外移転だ。

 

 工場の海外移転には、2つの方法がある。
 第1は、賃金の安い国、中国やタイ、インドネシアに、工場を移すことだ。
 第2は、製品を販売する相手の国に工場を作ることだ。

 

 アメリカに工場を作ってしまえば、ドルで材料を調達し、ドルで賃金を支払い、製品もそのままドル建てで売れる。そういうふうにすれば、円相場の変動を受けずにすむ。それは、日本企業が、アメリカの企業になってしまうということだ。トヨタやホンダは、アメリカに主力工場を作った。

 

 日本企業は、そうやって、生産拠点を海外に移すことで、円高を乗り切ってきたのである。その過程で、日本経済は、構造そのものが変化した。

 

 工場が日本からなくなっていったのだ。
 これが「生産の空洞化」「経済の空洞化」だ。

 

 いま、デパートで、あるいは、家電量販店で、「MADE IN JAPAN」の家電製品を探そうと思うと、非常に苦労する。

 

 パナソニックは、中国に数多くの工場を建て、安い賃金で電機製品を作っている。生産拠点を海外にシフトした後、当然、日本国内の工場は閉鎖される。

 

 三洋電機は、OEM(提携した他社ブランドでの製品供給)や、白物家電で有名だったが、最後には、円高に耐えきれず、パナソニックに吸収合併されてしまった。

 

 そのパナソニックも、切り札として期待をかけたテレビのプラズマディスプレーが、円高のため、サムスンなど韓国勢の液晶テレビに価格的に太刀打ちできなくなり、プラズマディスプレーそのものから撤退した。

 

 シャープは、いち早く、ブラウン管テレビから液晶テレビに移行し、時代の先端を切ったように見えた。しかし、円高のため2010年ごろから韓国企業に負けて経営危機に陥った。2015年にはとうとう、台湾企業の傘下に入った。

 

 戦後の日本を象徴する企業だったソニーは、海外シフトを強め、一時期、本社を東京からニューヨークに移してもおかしくないような状況だった。しかし結局は、得意のテレビで韓国や中国の企業との価格競争に敗れ、業績が悪化した。

 

 テレビや洗濯機、冷蔵庫は日本が得意としてきた家電の主力製品で、1960年代には、日本の家庭が買いたい三種の神器と呼ばれた。しかし、いまでは完全に成熟した商品となっており、テレビも冷蔵庫も洗濯機も、商品に付加価値をつけるのは難しい。

 

 特別な先端技術が必要な製品でもないから、後発国のメーカーがキャッチアップしやすい。そうなると、最後は価格競争になり、安いほうが勝つ。そういう状況で、1ドル=78円(2012年)というような超円高は、日本の家電メーカーにとって、致命的だった。

 

 工場、生産拠点を海外に移すということは、働くという視点から見れば、働き口がなくなるということだ。企業が日本の工場を閉め、中国に工場を作れば、中国での雇用は増えるが、日本では失業が増える。工場の海外移転、生産拠点のシフトは、雇用の輸出、失業の輸入になるのだ。

 

 海外に移ってしまった工場が、いまもまだ日本国内にあれば、就職活動はもっと楽で、学生が就職に苦労することはなかった。

 

 トヨタもホンダも、パナソニックも、ソニーも、かつてのように日本国内でたくさんの工場を操業していれば、アベノミクスの大胆な金融緩和を活用し、日本国内の工場で設備投資を拡大することができる。そうなれば、日本経済は順調に拡大する。

 

 ところが、悲しいことに、日本には、もう、工場がかつてのようには残っていないのだ。アベノミクスの大胆な金融緩和で景気を刺激しようとしても、企業には、アベノミクスを受けて設備投資を拡大するだけの工場がないのである。

 

 プラザ合意は、日本経済の失われた20年を招いた。アベノミクスは、それに初めて、有効な政策となった。

 

 しかし、せっかく有効な政策となったのに、ほかならぬプラザ合意後の円高で日本経済が空洞化していたため、アベノミクスは息切れしてきた。アベノミクスが、どうしても効果を上げきれない根本的な原因は、日本経済の空洞化にあるのだ。

 以上、岡本勉氏の新刊『1985年の無条件降伏 プラザ合意とバブル』(光文社新書)より引用しました。プラザ合意という無条件降伏を受け入れ、その後、バブルと、失われた20年を経験する日本経済の興亡の物語です。

 

●『1985年の無条件降伏』詳細はこちら

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