社会・政治
核武装は本当に「安上がり」?「核弾頭1基なら3カ月、3億円」でも開発すべきではない“課題”と“コスト”

国防について「核武装がもっとも安上がりだ」と述べ、物議をかもした参政党の塩入清香議員
「核武装がもっとも安上がりであり、もっとも安全を強化する策のひとつ」。7月の参院選で当選した参政党の「さや」こと塩入清香議員のネット番組での発言が、いまも波紋を呼び続けている。
大きな反発を呼んだこの発言だが、核武装は本当に“安上がり”なのか。専門家の見解は――。
「核弾頭を1個だけつくるなら、3カ月、3億円あれば、技術的には可能です。海外では『日本は1週間でつくれる』という見方もあります」
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こう言い切るのは、元東京工業大学先導原子力研究所(現・ゼロカーボンエネルギー研究所)助教の澤田哲生氏だ。
「核兵器の製造には、材料のウランやプルトニウムなど核物質の入手、核分裂反応を起こすために周囲から圧縮する『爆縮』の技術、堅牢な構造物を作る技術が必要です。日本はこれらの基礎研究や技術力をすでに持っています。そして、核弾頭1基だけならば、数千万円から3億円で、十分つくれます」
核兵器製造には、高濃縮のウランや高品質のプルトニウムなどの“原料”の入手が前提となる。
「じつは、核兵器に利用できる高品質のプルトニウムを、日本は少なくとも8kg持っている、という見方が、世界の研究者の間では有力です。8kgで核弾頭1個できるというのが国際的な基準で、そのため、日本は潜在的な核保有国といえるのではないか、と疑われているんです。
さらに、日本には使用済み核燃料の再処理で抽出した低品質のプルトニウムが40t以上あって、これは核兵器4000発分に相当するといわれます。約8割はイギリスやフランスに保管されていますから、まずは日本国内に持ってくる必要があります。
ただ、原子炉から抽出されるプルトニウムは、純度が極端に低いので、威力が弱く、不発弾になる可能性も高い。これらを使用するとすれば、プルトニウムの純度を90%以上に高める必要がありますが、これには莫大な手間と金がかかるため、かなり非現実的です」(澤田氏)
もっとも、ミサイルの技術自体には問題ないという。
「たとえば、小型衛星打ち上げに使われるイプシロンロケットなどの多層式ロケットを弾道ミサイルに転用できるでしょう。核弾頭の小型化も、それにつながる基礎研究は戦前からの蓄積があります。ミサイルの大気圏再突入技術は、『はやぶさ』が帰還したことで、実証済みです」(澤田氏)
核兵器の開発には、核実験が必要となる。だがこれに関しても、「南鳥島など、本土から遠く離れた無人島の地中ならば技術的には可能です」(澤田氏)と、問題はクリアしているようだ。
だが、核弾頭が1基だけでは当然、抑止力にならない。
「中国やロシア、北朝鮮の核ミサイルに対抗するためには、100発以上の核弾頭と中距離弾道ミサイルが必要となります。
核の運搬手段となるミサイルも必要です。ミサイルを多数、配備したり、アメリカから原子力潜水艦やSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を複数、導入したりしようとすれば、コストがさらに膨らみます」(澤田氏)
要は、核弾頭を1発つくるだけなら「3カ月3億円」で可能だが、抑止効果を持つ「核武装」体制を構築するには、時間も費用もかかる。決して“安上がり”とはいえないということだ。
防衛ジャーナリストの半田滋氏も、日本には核開発の能力はあると認める。ただし、実際に核開発を進めようとすれば、ほかにもさまざまな難題が壁となる。
「核開発に不可欠な核実験はどうするのか。北朝鮮のように山間部の地下核実験に踏み切るとすれば、どこを選ぶのか。地震の巣である日本列島では、巨大地震の呼び水にならないとも限りません。そして核兵器はどこに配備するのか。配備が決まった自衛隊基地の周辺住民が歓迎するとは到底、思えません。日本同様、国土のせまい英国は、保有する核兵器を原子力潜水艦から発射する核ミサイルにしていますが、日本が新たに原潜を持ち、配備する基地を決めるまでの労力ははかり知れないでしょう」
実際にかかる開発コストも想像を絶する規模となる。
「核開発の経費や原子力潜水艦の建造費、核ミサイルの開発費だけでも、いまの防衛予算8兆7000億円の2~3倍の費用がかかるでしょう。
原子力潜水艦を1隻つくるだけでも5000~6000億円かかります。イギリスは4隻しか保有していませんが、それでも国防費のかなりの部分を、原子力潜水艦と核ミサイルの維持にあてており、その分、通常兵器を持てなくなっています。日本は護衛艦を54隻持っていますが、イギリスは20隻ぐらいしかありません。要するに、『通常兵器も核も』となったら、どちらかの予算を削らなければいけないわけです。その意味でも、核を保有する防衛的なコストは大きいのです」(半田氏)
何より、核兵器開発による負担を見逃してはならないと、半田氏は言う。
「日本は核を持てないように自らを縛っています。核兵器を『持たず、作らず、持ち込ませず』と定めた非核三原則があり、核兵器を保有するには、まずこの大方針を転換する必要があります。さらに、『原子力利用は平和目的に限る』とした、原子力基本法の法改正も求められます。戦争での唯一の被爆国である日本の世論を核開発に向けるためには、相当な時間と労力が必要でしょう。これは政権が倒れかねない大転換です」
核開発のために核拡散防止条約(NPT)から脱退すれば、かつての北朝鮮のように国連から経済制裁を受けることが予想される。
「北朝鮮の場合、中国から燃料や食料の支援を受けることができましたが、日本がNPT脱退を表明すれば、それはアメリカの『核の傘』から出ることを意味します。そうなれば、アメリカも制裁する側に回るはずです。いま問題になっている相互関税のレベルじゃない、ひどい制裁を科されるでしょう。
日本の食料自給率は38%に過ぎません。制裁によって食料の輸入が途絶えれば餓死者が続出しかねません。日本の石油備蓄は約240日分ありますが、それを使い切った時点で流通や火力発電所は止まることになります」(半田氏)
何より問われるべきは、核武装による政治的コストだと、半田氏は主張する。
「かりに経済制裁で餓死者がバタバタ出るようなことになれば、そんなときに核武装しようという話になるのかどうか。そうなれば、安上がりだとか数字の話だけをしても意味がありません。そうした現実を無視して、発言の根拠となる事実さえ不明な政治家の『言ったもの勝ち』の世界にはあきれてしまいます」
8月1日、臨時国会に初登院した塩入議員は「核武装がもっとも安上がりだ」の発言について記者団に問われ、「党の方針に従うつもり。細かい部分については後日、ご報告できたらと思っている」と述べるにとどめた。その後、現時点まで“報告”は出ていない――。