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「北海道大停電」最初の衝撃は「トイレの水が流れない!」
社会・政治FLASH編集部
記事投稿日:2018.09.08 06:00 最終更新日:2018.09.08 06:00
震度7を記録した北海道大地震。旅行ライターの中山茂大氏は、そのとき、留寿都町の道の駅で睡眠中だった。中山氏による地震ルポをお送りする。
※
午前3時8分。
筆者は胆振地方の留寿都町にある「道の駅ルスツ230」で車中泊していた。
今回の北海道旅行のために、室内空間の広いホンダモビリオに乗り換えたので、快適お泊まりである。その安らかな眠りが、突如として破られる。
それは微妙な揺れから始まった。
お、地震かな……。
揺れはどんどん大きくなる。こりゃけっこうでかいぞ。と思っているうちにも、揺れはさらに激しさを増す。
そこでようやく緊急地震速報が鳴り始めた。
「遅いっちゅーの」
心の中でツッコミを入れる。
そのうち徐々に落ち着いてきた。
あたりが騒がしい。駐車場で車中泊していたキャンパー達が騒ぎ始めたのだ。
筆者もパソコンを立ち上げてネットをチェックする(筆者はいまだガラケーである。そして大概の道の駅はフリーwifiである)。
安平町では、なんと震度6強だというではないか。
こりゃヤバイことになるかもな……ていうか安平町ってどこだ?
そのうち目の前の自動販売機の電気が消えた。続いてwifiも切れる。停電じゃないか。こりゃ、ますますヤバイことになりそうだぞ。
と思いながらも、他にやることもないので寝ることにする。
次に目覚めたのは朝6時にかかってきた母親からの電話であった。
「アンタ大丈夫なの? たいした地震らしいじゃないの!」
まあ、そうらしいんだけどさ。でもネットが見られないから、まったく情報が入らないのだよ。
適当になだめて電話を切り、とりあえず便所へ……水が出ない。トイレはすでに他人様の排泄物が山積みである。
ここでようやく焦り始める。
筆者と同様に、排泄を諦めたトラックの運ちゃんとしばし歓談する。
「どちらから?」
「札幌だよ」
「市内はどんな感じすか」
「信号止まってて大渋滞だあ。行かない方がいいべよ」
ひえー。
「水と食料買っといた方がいいべさ」
そうだ。食料買っとかないと。
脳裏をよぎったのは、東日本大震災である。あのときも生鮮品のほか、ガソリンも品薄で苦労したのであった。
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しかし今回は違う。山に行く予定だったので、食料と水はバッチリ。キャンピングガス装備で煮炊きもOK。ガソリン満タン、携行缶も満タンである。
……でもまあ、とりあえずすぐ食えるものくらい買っとこうか。ちょうど午前7時。コンビニの開店時間である。
店内は暗いが開いていた。商品もけっこう揃っている。
パン類などをいくつか購入してレジに向かうと……なんとタッチパネルが輝いているではないか。
「電気来てるんですか?」
「バッテリーですよ。でも3時間で切れますから」
「大変ですね」
「そのうち『北斗の拳』みたいになりますよ。水の争奪戦みたいな」
「そうなる前に復旧してもらいたいもんですねえ」
のんびりした会話である。
そういえばコンビニはフリーwifiのはずである。さっそくパソコンを取り出してチェック。ここで初めて、ことの重大さに驚愕する。
まるで北海道が壊滅したかのような報道じゃないか。みんな元気でやってるのに。
SNSに接続して、友人の何人かと安否確認。
これらに返信している間にも、続々と地元住民がコンビニにやってくる。
ネットでは道路情報がまったく閲覧できない。
明日は道央の占冠村に行く予定なんだが、信号が止まっていては、どこまで行けるかもわからない。どこかで大渋滞に巻き込まれでもしたら目も当てられない。
迂回ルートも考えてみる。しかし昨夜は一部で激しい雨になったらしいから、山道は避けたほうが無難である。とはいえ室蘭、苫小牧などの都市部はもっとやばそうだ。
どうしよう。フト思いついて留寿都役場に行ってみる。
困惑顔の職員が応対に出てきて、おもむろに取り出したのはスマホである。
「こちらでもスマホ情報程度しかわからないんですよね」
要するにまったく情報がないのだ。どうする?
とりあえず札幌に帰ろうかとも思ったが、筆者が借りているシェアハウスは札幌でもっとも揺れた北区である(震度5強)。しかも帰宅するまでには、想像するだにオソロシイほどの大渋滞が待ち構えているのだ……。
どうすりゃいいんだ。
考えてみるが結論など出るはずもない。ボーッとしてても仕方がないので、ここは山道の迂回ルートに賭けてみることにする。
山道を進むこと小一時間。意外にも道は新しく、崩落も大丈夫そうだ。しかしたまに出現するトンネルがやたら暗い……そうだ。停電したんだ。
今さらながら電気への依存度を思い知る。
ホロホロ峠を越えると白老町に出て、そこから先は海沿いの国道36号をひたすら東へ。
渋滞が発生するとしたら比較的大きな苫小牧市街だろう。車の通りはけっこうあるが、とりあえず詰まることはない。そのまま市街地に突入する。
停電のため、次から次へと現れる信号がすべて消えている。そうか。停電だからオービスも止まってるんだよな……てことはスピード違反しても捕まらないんじゃないか? と思ってたら、赤色灯をつけたパトカーが後ろから近づいてきた。やはり警戒してるのだな。
そのうち左車線が詰まり始めた。これはもしかして……と思ってたら案の定、ガソリンスタンドであった。自家発電を備えたスタンドは少ないらしく、そこに集中しているとラジオで言ってたが、まさにその通り。車列は延々100台以上も続いた。
ときおり現れる家電量販店やドラッグストアは長蛇の列だ。一方、地元商店は軒並み閉店している。
苫小牧を過ぎると車は激減。おそらくいつもと変わらない田舎道の通行量なんだろうが、自衛隊と土建業者の車両がやたら目につく。
震度7を記録した厚真に向かう道に入ると、さらに顕著になった。大型の油圧ショベルを積んだ自衛隊のトレーラーが列をなしているのを見て、思わず、「がんばれー!」と叫んだ。
それにしても感心したのは、道路の補修工事が早くも行われていることであった。
前日の午前3時の地震で生じた亀裂や段差を、翌日の昼過ぎには、応急処置だとしても通行できる程度にまで修復してくれているなんて、世界広しといえども日本くらいのもんじゃないか。
厚真の市街地は自衛隊と土建業者であふれていた。
市役所前には警察と消防の車両が並び、職員らが忙しそうに立ち働いている。その周囲を走り回るマスコミ関係者。
それで肝心の地元住民はというと……普通なのであった。オバアサンが横断歩道をゆっくり歩き、子供達は公園で遊んでいる。日常とさほど変わらない風景なのだ。
厚真の次に向かったのは鵡川であったが、こっちはもっとのんびりしていた。道の駅鵡川は、ラジオで「非常用発電機が動いている」と伝えていたせいか、駐車場は7割がた埋まっていた。
しかし自衛隊やマスコミ関係者の姿はまったくない。避難施設にもなっており、テレビを見ながら談笑するお年寄りのサロンのようであった。便所で会ったオジサンは、「なんで発電所一つ止まっただけで、北海道全部停電するんだろうねえ」と、しごくもっともな疑問を口にしていた。
地震が冬じゃなくてよかったとつくづく思った。真冬だったら凍死者が続出したんじゃないだろうか。
数年前の関東の大雪では、拙宅のある奥多摩は1週間孤立したが、はっきり言って誰も困ってなかった。なぜなら普段から買いだめをする習慣があるので(スーパーまで車で30分以上かかる)、1週間やそこら孤立しても、たいしたことはないのである。
ただし電気が止まっていたら、まずいことになっていたと思う。暖房設備など、電気がないと動かないものが多いからである。
これを機会に電気に対する依存度を下げるなど、リスク分散する取り組みをもっと進めるべきだろうと改めて思った。