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【1940年、幻の東京五輪】(1)IOC会長を京都で奈良で接待攻勢社会・政治 投稿日:2016.05.02 16:30

 1940年に開催するはずだった「幻の東京オリンピック」。その裏側を、著述家の夫馬信一氏が徹底取材した。


【1940年、幻の東京五輪】(1)IOC会長を京都で奈良で接待攻勢

来日したバイエ=ラトゥールはJOAK(後のNHK)ラジオにも出演した(『THE JAPAN MAGAZINE - OLYMPIC NUMBER』1936 No.1-2<ジャパン・マガジーン社>より)

 

 2013年9月7日(日本時間は8日)、ブエノスアイレスで開かれていたIOC総会において、2020年に開催されるオリンピック夏期大会の開催都市が「東京」と決定された。

 

 かつて日本を熱狂の渦に巻き込んだ1964年の第18回大会から、なんと56年ぶりに東京に聖火が帰ってくる。しかし、東京でのオリンピック開催が決定したのは、今回で2度めではない。

 

 実は東京がオリンピックの開催権を得たのは、今回で3度めの出来事だった。戦前の1940(昭和15)年に、第12回大会が同じ東京でおこなわれるはずだったのだ。

 

 この1940年の「幻」の東京オリンピックについては、ご存知の方も多いだろう。そのころ、全世界に戦争の暗雲が垂れ込め始めており、日本もすでに日中戦争を始めていた。

 

 そして開催が予定されていた1940年の翌年暮れには、日本はアメリカとの泥沼の戦争へと突入していく。東京でのオリンピック開催が計画されていたのは、そんな時代だった。

 

 当時はオリンピック夏季大会を開催する国が冬季大会も開催するのがほぼ恒例となっていたため、同じ1940年に札幌で冬期オリンピックを開催することになっていた。

 

 さらにこの1940年には、日本で初めて万国博覧会の開催も計画されていたのだ。西欧社会中心だった当時の世界で、国際的な大規模イベントが3つもこの日本に集結することになっていたのである。

 

 その興奮・熱狂ぶりたるや、今回の2020年大会決定の比ではなかったはずだ。

 

 そんなオリンピック東京開催の発端は、1929(昭和4)年にさかのぼる。スウェーデンの国際オリンピック委員会(IOC)委員で後に第4代IOC会長となるジークフリート・エドストロームが、東京で開かれた「国際動力会議」出席のため来日。

 

 そのとき、早稲田大学教授で日本学生陸上競技連盟会長の山本忠興と会って、2人の間で東京開催が話題にのぼったのだ。

 

 これが口火となったか、1940年の紀元2600年(神武天皇生誕2600年)記念事業を模索していた東京市長の永田秀次郎に、秘書課職員の清水照男がオリンピック開催を提案。「幻」の東京五輪は、まさにこのときに始動した。

 

 1932(昭和7)年7月には、ロサンゼルス・オリンピックと同時に開催されたIOCのロサンゼルス総会で、第12回オリンピック開催地として東京を指定することを要請。

 

 永田市長からの正式招請状を託されたのは、IOC委員の岸清一と嘉納治五郎である。しかし、ローマ、ヘルシンキはじめ錚々たる立候補都市の顔ぶれと比べると、東京はいささか見劣りしたといわざるを得ない。

 

 翌1933年には永田に代わって牛塚虎太郎が新市長に就任するが、五輪招致の方針に変化はなかった。

 

 1935年2月のIOCオスロ総会では、すでに候補地はローマ、東京、ヘルシンキの3都市に集約。このときローマについては、イタリア首相ムソリーニより譲歩の確約を得ていた。

 

 ただ、最終的には開催地は決定せず、次回1936年のIOC総会まで持ち越しとなってしまう。

 

 そこで日本側としては、「奥の手」を使うことにした。IOC会長であるアンリ・ド・バイエ=ラトゥールを日本に招待しようというのだ。

 

 こうしてバイエ=ラトゥールは、1936年3月19日に横浜に上陸。明治神宮外苑競技場などの視察をおこなうなど、精力的に日本を見て回った。

 

 とはいえ、その日程は、すべてが東京大会開催の可能性を探るためではなかった。外国人の日本訪問としては定番の京都・奈良見物なども組み込まれており、人気女優と舞台で握手したり、日本側の接待攻勢を受けたりと、物見遊山的な要素も多分にあった。

 

 高価なアンティークなどの記念品も贈呈されていたようで、「至れり尽くせり」の旅であったことは間違いないだろう。

 

 これが功を奏してか、バイエ=ラトゥールはすっかり親日家に変貌。万難を排したかたちで、同年7月のIOCベルリン総会に臨むことになった。 (続く)

 


 

<著者プロフィール>

夫馬信一 1959年、東京生まれ。1983年、中央大学卒。航空貨物の輸出業、物流関連の業界紙記者、コピーライターなどを経て、書籍や雑誌の編集・著述業につく。主な著書に『日本遺構の旅』(昭文社)、『ヴィンテージ飛行機の世界』(PHP研究所)など。今年1月発売の『幻の東京五輪・万博1940』(原書房)は、9年の歳月を費やし札幌、大阪、長崎など全国各地への取材を経て完成した。

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