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社会・政治社会・政治

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戦前の大物ヤクザに学ぶ「山口組抗争」を収束させるヒント社会・政治 2016.06.17

写真:渡辺正和/アフロ

写真:渡辺正和/アフロ

 

 大阪観光大学観光学研究所客員研究員の濱田浩一郎氏が、泥沼化した山口組分裂騒動について考える。

 


 

 5月末、神戸山口組系・池田組の幹部が岡山市で射殺された。その後、警察に出頭した人物は、分裂抗争で対立を続ける六代目山口組系・弘道会の組員だった。

 

 今後、さらに大規模な形で抗争が広がるかどうかはわからない。

 

 だが、以前、新聞で捜査関係者が「やられたらやり返すが暴力団の論理。これだけ火がついたら簡単に収まらないだろう。長期戦を覚悟している」と語っていたことを思えば、事態がすぐに収束するとは思えない。

 

 いったいどうすればいいのか。ひとつには、両組織の人々に、真の任侠を思い出してもらうことだろう。

 

 近代ヤクザの嚆矢と言われ、火野葦平の長編小説『花と竜』にも描かれた男の生き様を見ていこう。男の名は、吉田磯吉(1867~1936)。

 

 福岡県遠賀郡出身の磯吉は、石炭運搬船の船頭から身を起こし、やがて北九州随一の顔役になった。1915年(大正4年)には衆議院議員に当選、以後17年間、中央政界でも活躍した。

 

 磯吉は寡黙で、人には柔和な態度で接した。後輩に対しても、相手が恐縮するくらい丁寧に対応したという。その人柄のおかげで、労働争議などの調停が得意だった。

 

 磯吉の名前を全国的に高めたのが、1909年(明治42年)の「放駒事件」である。

 

 当時、相撲協会は東京と大阪に別れており、犬猿の仲だった。そんななか、大阪に所属していた大関・放駒が待遇への不満を理由に東京への移籍を画策。当時としては非常識極まりない事態で、両団体の対立は先鋭化する。

 

 双方の意地、プライド、金銭問題が交錯し、ついには大阪側から刺客が放たれたとの噂も流れた。

 

 紆余曲折の末、磯吉の仕切りで、双方の顔を立てる決着を見た。詳細は省くが、なんと放駒を京都相撲協会に所属させるという想定外の着地だった。そして以後、東西を合わせた大相撲の興行も始まっていく。

 

 この事件の顛末は大きく報道され、吉田磯吉の名は全国に知れ渡った。

 

 それから10数年後にも、世間を唸らせた事件が起きる。

 

 大正から昭和にかけて、日本は「民政党」と「政友会」の二大政党時代だった。1921年(大正10年)、政友会が暴力団を使って国策にからむ大企業「日本郵船」の乗っ取りを企む。

 

 これに激怒したのが民政党の磯吉だ。「私は郵船に恩も恨みもないが、暴力で不当な野心を遂げようとする者があると聞いては黙っていられない。かかる問題は一会社の問題じゃない。国を危うくする元となる」と立ち上がった。

 

 磯吉は、一門から200人ほどを上京させ、総会の会場を厳戒警備することにした。乱闘に備え、病院の手配も済んだ。こうした情報が流れると、政友会はあわてて委任状を引き上げ、総会出席を中止した。この事件で、吉田磯吉の名は、再び天下に轟く。

 

 不当な暴力を憎み、不義を怒る。これこそが任侠道だ。磯吉の門下からは、神戸ヤクザの開祖・富永亀吉が出ている。富永の子分が、大島組を形成した大島秀吉。大島組にいた山口春吉が、何を隠そう、山口組初代組長である。

 

 分裂抗争中の山口組だが、ぜひとも磯吉親分の精神に立ち返り、暴力の連鎖をストップさせてほしいと切に願う。

 


 

(著者略歴)

濱田浩一郎(はまだ・こういちろう)

 1983年生まれ、兵庫県相生市出身。歴史学者、作家、評論家。現在、大阪観光大学観光学研究所客員研究員。現代社会の諸問題に歴史学を援用し、解決策を提示する新進気鋭の研究者。著書に『日本史に学ぶリストラ回避術』『現代日本を操った黒幕たち』ほか多数

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