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新型肺炎、武漢からアメリカに帰国した女性が明かす「隔離生活」

社会・政治FLASH編集部
記事投稿日:2020.02.16 18:00 最終更新日:2020.02.16 18:00

新型肺炎、武漢からアメリカに帰国した女性が明かす「隔離生活」

封鎖前の中国を娘と観光

 

 武漢からのチャーター便でアメリカに戻った人たちが、2週間の隔離を終えて、次々と家路についている。

 

 宗教的理由から食事に苦労しながら、ようやく家族に再会できた女性に、長かった隔離生活の話を聞くことができた。

 

 

 カリフォルニア州に住むエスター・テベカさんは、冬休み中の長女(15)を連れて出身地の武漢へ1月1日に旅立った。夫と次女と長男が留守番だ。

 

 まずは中国国内を旅行した後、旧正月を親族と過ごせるよう、14日に武漢の実家へ戻った。その頃、武漢では肺炎がニュースにはなっていた。街中にはまだマスク姿が少なかったが、エスターさんたちはなるべく室内で過ごすようにした。

 

 だが、20日に患者数が異常に増加し、不安を覚える。すでにこのとき、日本やタイ、韓国などで感染者が報告されているが、中国内では情報が限られていた。

 彼女の不安は数日後に絶望へと変わる。

 

 23日、中国政府は武漢市の交通機関をすべて停止し、街を封鎖。市内はゴーストタウンのようになり、誰も外を歩かない。スーパーの棚は塩でさえも売り切れ。ユダヤ教徒のエスターさんは、コッシャーフードと呼ばれるユダヤ教の聖典にのっとった食べ物を調達するのが困難となった。

 

 アメリカ育ちの長女は中国語もよくわからない。領事館に連絡しても、留守番電話にメッセージを残すことしかできなかった。車の出入りを禁止する措置など聞いたこともなく、恐怖から睡眠もよくとれない。そんななかで、エスターさんは中国のメッセージングアプリ、ウィーチャットで必死に情報を収集するも、なかなか正しい情報を入手できない。

 

 だが、まもなく、アメリカ領事館から自動返信のメールを受け取る。そこにはチャーター機への登録の仕方が指示されていた。彼女達は第一便の座席を確保することができたのだ。

 

待ちに待ったチャーター機

 

 28日、乗り物が禁止されているなかで車を動かす許可を取りつけ、親戚の車で空港へ移動。空港では、200名ほどの乗客が経過観察しやすいように体温を書いた赤いリストバンドをつけ、搭乗を待った。

 

 当初、午前9時の出発予定だったチャーター機は遅れに遅れ、翌日の午前4時にようやく離陸できた。機体は貨物機を改造したもので、外は見えない。全員マスク着用で職員は全身防護服。荷物棚はなく、スーツケースはまとめて床の横に置かれた。カーペットはなく、冷たい金属がむきだしの状態だ。機内の前方も壁はなく、白い大きなビニールがしきりのように貼られていた。

 

機内の様子

 

 経由地となったアラスカのアンカレッジで全員体温の再検査。ここでもまともに食べられるものはなく、結局44時間をオレンジとバナナ2本で過ごした。

 

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