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野村監督「俺のせいで負けたことも」ID野球の陰で情に厚い采配

スポーツFLASH編集部
記事投稿日:2020.11.02 06:00 最終更新日:2020.11.02 06:00

野村監督「俺のせいで負けたことも」ID野球の陰で情に厚い采配

 

 2020年2月11日に惜しまれつつ亡くなった、野村克也さん(享年84)。15年間近くマネージャーを務め、野村さんを人生の師とあがめる小島一貴さんが、野村さんの知られざる素顔を明かす。

 

 

 

「野村克也といえば」のあとに続く言葉はいくつもある。ボヤキ、月見草(「王や長嶋はヒマワリ、私は月見草」という野村さんの名言より)、生涯一捕手、再生工場……。

 

 なかでも強烈な印象を残しているのは、ヤクルト監督時代の「ID野球」ではないだろうか。「ID」がなんの略かについて諸説あるものの、“データ重視の野球” という意味合いで、広く知られている。

 

 データ重視の野球というと、ともすれば “人間味のない無機質な野球” だと思われがちだ。しかし実際には、「監督は情に厚い」「選手思いだ」という証言が、多くの選手やOBから聞くことができる。マネージャーとして監督をそばで見てきた私としても、まったくの同感である。

 

 私が以前マネジメントを担当し野村監督の下でもプレーしていたある投手は、引退後しばらくして、こんなことを言っていた。

 

「時間があったから昔のビデオを見ていた。先発投手のピッチング内容がヨロヨロで、『ああこれは序盤で交代だろうな』と思いながら見ていたらなかなか交代しない。それで結局、完投しちゃった。

 

『野村監督って、こういう情に厚い起用法をしていたんだな』と、あらためて感銘を受けた」

 

 これを聞いて思い出したのが、監督の言葉である。

 

「投手交代って、ついつい情が入っちゃうんだよな。勝つためには代えたほうがいいのはわかっているんだけど、『ここを乗り切ればこのピッチャーは息を吹き返すんじゃないか』とか、『このピンチを乗り切る体験をすれば、もっと成長できるんじゃないか』などと考えてしまう。

 

 それで、どうしてもタイミングが遅れる。俺の決断が遅れたせいで負けたこともある」

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