現場取材をやめるときは、実況をやめるとき…NHK大相撲担当アナの「矜持」
NHKの大相撲担当アナウンサーは、ラジオのリポーターから始まり、BS放送リポーター、BS放送実況、ラジオ放送実況で経験を積んでから、地上波の実況をまかされるのだという。
地上波担当になっても、まずは十両の実況を経て、ようやく中入り後の幕内担当となる。大相撲の番付に似ている、といえなくもない。
「幕内の担当となっても、初日や中日、千秋楽という重要な日には、ベテランが担当します。経験が浅い若手は、まずは前半の平日から。私が幕内の担当となったのは、1992年。最初のころは、とにかく夢中で、何をしゃべったのか覚えていません。
放送翌日にはVTRを見ながら先輩と反省会です。『なんでここでこういうこと言ったの?』『まだ三日目なんだけど、千秋楽みたいな盛り上がり方で話してどうするんだ』と、さんざんでしたね」
刈屋氏には、とくに大切にしていることがあった。「現場」である。
「大相撲はもちろん、すべての競技においてアナウンサーが自ら現場に足を運び取材する。NHKのスタイル、伝統といっていいでしょう。もちろん、NHKには記者もいますが、彼らが取材してきたことを聞くだけではダメなんです。
それはなぜか。スポーツアナウンサーとしての生命線である『目』が鍛えられないからです。選手や力士を見た瞬間に、調子がよさそうだとか、何か動きがおかしい、体の張りがない、そういうことに気づけなければ、実況担当者としては致命的です」
ベテランになっても、現場取材は欠かさなかった。
「当然です。取材をやめるときは、実況をやめるときです。放送する側の人間としての責任だと思います。力士や選手は、何かを聞いても、すべて教えてくれるわけではありません。稽古を見て、どこにこだわっているのか、さまざまなことに気づく能力も必要です。
相手も我々のレベルを見定めて話しますから、このアナウンサーはちゃんと勉強している、理解していると信頼してもらわないといけない。“力士や選手と仲よくなることが取材だ” と勘違いしている人もなかにはいるようですが、それは違いますよね」
解説者との掛け合いも、大相撲中継の楽しみのひとつ。
「それぞれに、個性がありますからね。もちろん相手によって質問の仕方も変わってきます。たとえば、元大麒麟の17代押尾川親方は、質問から必ずワンテンポ間をおいて答える方でした。慣れていないと、自分の言葉と答えがぶつかってしまう。
元出羽錦の12代田子ノ浦親方とは、よくコンビを組ませていただきました。放送中にいきなり川柳を詠むことで有名でしたけど、ああいうときは私に『一句浮かんだ』と書いたメモを渡してきます。振ってほしいわけです(笑)」
“いま解説者といえば” の元横綱・北の富士さんに止めを刺す。
「解説者としては最高でしょう。ただし、いつも調子よくしゃべってくれると思ったら、大間違い。前日に飲みすぎたときなど、その日の体調によって気分が全然違うんです。
だから、午後4時からの放送で、前半の1時間でどこまでアナウンサーが修正していくかが勝負。最初にうまくいけば、後半も気分よくしゃべっていただけます。
それにしても毎回驚かされたのは、視力のよさですね。解説席に座る前に場内を見回して、知り合いのクラブのママがどこに座っているかを、瞬時に見つけてしまう。『○○のママ、元気そうだよ』とか、女性を見る視力がすごいんですね(笑)」