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「叱るは愛情、怒るは感情」野村克也氏の人材育成語録…没後3年、最後の専属マネージャーが明かす金言の真実
スポーツFLASH編集部
記事投稿日:2023.02.12 06:00 最終更新日:2023.02.12 06:00
選手でも監督でも多大なる実績を残した野村克也氏(享年84)が亡くなって、早3年がたとうとしている。
その野村氏を15年近く間近で見続け、最後の専属マネージャーだったのが小島一貴氏(50)だ。最初は楽しい仕事と思えなかったというが、いつしか野村氏の思考の広さ、深さに魅了されていった。そして、野村氏との思い出や記憶に残った言葉の数々を綴った『人を遺すは上(じょう)』(日本実業出版社)を上梓した。今回、小島氏にとって印象深く、人材育成にも通じるノムさんの名言を選んで、解説してもらった。
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■今のコーチは教えすぎ
野球のコーチは教えることが仕事ですが、教えすぎるとその選手のためにはならないと言っていました。人に教えてもらってできるようになった技術は、何かのきっかけで簡単に忘れてしまう。これは監督自身の経験から来るもので、南海の二軍時代は、ほとんどコーチがいなかったそうなんです。なので、自分で工夫して練習するしかなかった。ただ、そこで培われた技術は、なかなか失われない。コーチは選手に気づきを与える程度でいい。そして、自分で考えることを大事にするべきだと、コーチに指導していました。
■努力に即効性はない
人間は、どうしても結果を早く求めたがりますが、なかなかそううまくはいかない。やはり、継続しておこなうこととともに「努力の方向性が大事」と、よく言っていました。これは、人材育成にも通じる言葉だと思います。たとえば50代だと、これから努力して成長しようという立場ではないかもしれませんが、若手を指導することはあるでしょう。その際、すぐに結果を求めずに、辛抱強く継続的に正しい方向に指導してほしいと思います。
■人はなんのために生まれてくるのか。人の役に立つためである
なんのために仕事をするのか、哲学的に考えるきっかけを与えてくれる言葉ではないでしょうか。お金を稼げれば、あとは何をやってもよいというような拝金主義に陥らないためにも、生きるうえでの根本的なことを教えてくれる言葉です。ヤクルトの監督時代、春季キャンプ初日のミーティングに、この言葉を選手に伝えていたそうです。
■叱ると褒めるは同義
他者に厳しい言葉を投げかけたとき「叱ったのか、怒ったのか」と顧みて、「叱るは愛情、怒るは感情」であると認識すべしと。また、褒めるときは大事な要素があって、発するタイミングと、かける言葉はひと言かふた言程度の簡潔なほうがいいと言っていました。
■勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし
勝ったとしてもミスが多く、相手が勝手にコケて勝つことがあります。そういうときこそ、反省すべきだということです。そうしなければ、その先の試合で勝ち続けることは難しい。逆に負けたときは、必ず原因があるんです。仕事で結果が出たときほど、反省点をしっかり追求し、次に生かすということを続けていれば、継続的に成功できる可能性は高まるでしょう。
■無形の力
相手の雰囲気、気配などを感じ取り、次の一手を読む力のことを「無形の力」と表現していました。もっとも、これは弱者の戦略の一環だと。ヤクルトの監督時代の初期は、巨人のユニホームを見たり、報道陣の多さを目にしただけで、プレッシャーを感じていたと言うんです。ところが後期は、選手たちに12球団でいちばん進んでいる野球をしているという自負を持たせることに成功したから、その時点で有利に立っていた。これも無形の力だと。たんなるビジネススキルや知識だけでなく、自分自身をどう見せるか、相手をどう観察するかといったことまで意識して仕事に臨めば、成功する可能性も高くなるでしょう。
■たかが挨拶、されど挨拶
人としての原点を教えてくれた言葉ですね。50代になると、ある程度の地位に就いて、挨拶をないがしろにしがちな方が多く見受けられます。人間教育の一環として、監督は挨拶の重要性を説いていました。また、野球選手だからといって、自分みたいな野球バカにはなるなと。野球選手もいつかは引退するし、その先の人生のほうが長い。だからこそ、セカンドキャリアにも役立つ言葉ですね。
■スピードガンはただの目安
監督は「球速があっても、スピード感がなければ打たれる」と独特の表現をしていました。球速155km/hとか、数字にとらわれがちですが、最速140km/hでも活躍している投手はいます。数字だけで判断すると間違ってしまう。仕事でも、たとえば英検1級を持っていても、ビジネス上で英語を駆使できなければあまり意味がないのと同じです。
■無視、称賛、非難
監督は「人間は無視、称賛、非難の三段階で試される。初めは無視。頭角を現わすようになると称賛。できて当たり前になると非難される。褒められているうちは二流。非難されて一流、非難され続ければ超一流」という考えでした。私は監督の著書の最終チェックをしていましたが「お前で大丈夫か」と言われ続けた。でも、一度だけ「お前なら大丈夫だろう」と言っていただいた。嬉しかったですね。
※ ※ ※
監督が使う言葉には説得力があって、端的にひと言で伝わるものが多かった印象があります。本当に、現役時代から、考え抜いて野球をやってきたんだなという印象を受けました。私は米国の独立リーグとメジャーでそれぞれ1年間通訳を務め、代理人としても20年間たくさんの選手やOBを見てきましたが、これまでに出会った監督や選手を含めても、野球をいちばん真剣に考えている人でしたね。
監督は、明治から昭和初期にかけて活躍した政治家、後藤新平の「財を遺すは下、仕事を遺すは中、人を遺すを上とする」という名言をとても気に入っていました。 “野村再生工場” と呼ばれるなど、球界にこれだけ多くの名選手を遺すことができたのは、やはり「監督の言葉」の賜物だと思います。
こじまかずたか
1973年生まれ 東京大学法学部卒。2002年、MLBテキサス・レンジャーズにて故・伊良部秀輝氏の通訳を務める。2006年より、代理人事務所にて野村克也氏のマネジメントを担当。2016年の独立を経て、氏の逝去直前までマネジメントを担当した。並行して、アジアでプレーする外国人選手の代理人や、北米でプレーする日本人選手の代理人を務める。2月10日に『人を遺すは上』(日本実業出版社)を発売
写真・長谷川 新、共同通信