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NHKディレクターがプロ野球監督に転身「使命は気づかせ屋」…事後報告だった妻は「ついていくだけ」
スポーツFLASH編集部
記事投稿日:2023.04.09 06:00 最終更新日:2023.04.09 06:00
「日本のチームスポーツは、トップに監督がいて、その指示をコーチが受け、選手に伝えるピラミッド型であることがこれまでの常識ですが、私は弊害が多いと思っています。
上からの指示が強いと、選手はどうしても受動的になってしまう。能動的にやっていかないと、個々のスキル、人間性が伸びていかないと考えています。
立場上は私がトップですが、どちらかというと下にまわり、下から押し上げていくチームを作りたい」
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そう語るのは、2023年1月にプロ野球独立リーグ「ルートインBCリーグ」の茨城アストロプラネッツ(茨城AP)監督に就任した伊藤悠一(35)である。
2022年10月、茨城APは新監督選考のため「監督トライアウト」を開催すると発表。しかも性別、経験、資格が不問と前代未聞のもの。99人の応募者から選ばれたのは長年、野球から離れていた伊藤だった。
伊藤は高校で硬式野球部に所属していたが、1年生で一度中退。慶應大学に進学後は陸上競技に転身し、専門は十種競技だった。
卒業後はNHKに就職し、テレビディレクターに。NHK時代の伊藤は『プロフェッショナル 仕事の流儀』『サンデースポーツ』『クローズアップ現代』など、花形番組を手がけてきた。その職を捨て、なぜ新たな道に飛び込んだのか。
「監督公募も、最初は取材のつもりでした。でも、調べていくうちに、取材対象から転職先としての興味に変わっていったんです。
昔描いていた、将来やりたいことが2つあって、ひとつはテレビ局のディレクター。もうひとつが、高校野球の指導者。それが監督公募とマッチして、応募に至りました」
ただし、伊藤には説得しなければいけない人物がいた。2019年に結婚した妻の蘭さんだ。資金繰りが苦しい独立リーグ。監督とはいえ、NHK時代の給料の3分の1ほどに下がってしまうのだ。蘭さんが語る。
「最初に聞いたときは『監督? 独立リーグ?』と、何を言っているのかわからなかったんです。でも、理解し始めると、どんどん不安になりました。お給料も下がるという話でしたし、5月に第二子が生まれることもわかっていましたから」
不安は募るばかりだったが、反対はしなかったという。
「私がお願いしたところで、やめるわけないだろうし。悠一さんは “こうと決めたら一直線” な人ですから。まあ、相談ではなく、事後報告でしたが(笑)。私はついていくだけです」
選手たちは “素人監督” をどう思っているのか。ドラフト1位で2009年にソフトバンクに入団し、現在は茨城AP選手兼投手コーチの巽真悟(たつみ・しんご、36)が語る。
「驚きはありましたが、不安というよりも、尖ったウチの球団らしいというか。監督は選手とのコミュニケーションをすごく大事にされていて、へんに『監督だぞ!』といった高圧的な態度を取らない。
なにげない会話も整理されていてわかりやすく、さすがものづくりをやってきた方だと思いますね。今どきの選手にも受け入れやすいと思います」
3月9日から春季キャンプが始まり、4月8日にシーズンも開幕した。ここに集まるのは一度、NPB入りを逃した若武者たち。
シーズン中に支払われる月給は10~15万円程度で、ドラフト指名のための “1年勝負” に懸ける選手も多い。3月24日には、元メジャーリーガーのアレン・ハンソン選手の獲得が発表されたが、彼もまたステップアップを目指す。
「野村克也さんが仰っていた言葉で、僕が大事にしているのが『監督は気づかせ屋』ということ。いくら監督やコーチが選手に『こうだ!』と教えても、選手は100%納得しなければ取り入れないことがあると思うんです。
自分で気づいたことは永遠に残ります。だから、気づかせてあげる。僕の役割は、指揮や指導ではなく、環境を作るということかな、と思っています。
また選手には、メモを取ることもすすめています。言われたことを忘れないのはもちろんですが、たとえばスランプになったとき、スランプ前の自分はどういう考えだったのかを振り返ることができれば、すごくいいと思うんです」
キャンプの練習中は、打撃練習の球拾いや打撃投手、片づけを買って出るなど、指揮官らしからぬ動きを見せていた。
「彼らをいかにして次のステージに押し上げるか。でも、僕も高校野球の指導者への希望がありますから、志は一緒なんです。互いにステップアップしていきたいと思っています」
日本野球界の常識をぶっ壊す!
写真・久保貴弘