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【元大関・若嶋津さん死去】愛弟子・松鳳山が涙で明かす「夫婦の絆」おかみさんの「愛してる」に照れ笑いした “南海の黒ヒョウ”

スポーツ 記事投稿日:2026.03.22 19:22 最終更新日:2026.03.22 19:25

【元大関・若嶋津さん死去】愛弟子・松鳳山が涙で明かす「夫婦の絆」おかみさんの「愛してる」に照れ笑いした “南海の黒ヒョウ”

元大関・若嶋津の日高六男さん

 

 元大関若嶋津の日高六男さんが、3月15日に亡くなった。69歳だった。精悍なマスクに、細身で筋肉質の体。豪快な投げを武器に2度の優勝を飾った名大関が、日本中をあっと言わせたのは1985年2月。歌手の高田みづえさんとの婚約を発表したときだった。

 

「高田さんは当時24歳。『わたしはピアノ』『そんなヒロシに騙されて』などで大ヒットを放ち、『NHK紅白歌合戦』には7回出場。アイドルとして人気絶頂のなかでの婚約発表だったため、日本中が大騒ぎになりました。

 

 出会いはスポーツ紙が企画した対談。もともと、若嶋津関が高田さんの大ファンで、ともに鹿児島県出身ということもあり、意気投合したのです」(芸能記者)

 

 1985年9月におこなわれた結婚式・披露宴はテレビで生中継され、視聴率は30%超。それだけ注目を集めたビッグカップルだったのだ。

 

 高田さんは、結婚を機にきっぱりと芸能界を引退。若嶋津関が1987年に引退、1990年に松ヶ根部屋を開いてからは、「相撲部屋のおかみさん」として部屋を切り盛りした。

 

「現役時の無理な増量から糖尿病の持病があった親方のため、みづえさんは必死に栄養管理を勉強。また、部屋を開く際には、歌手時代に貯めたお金を渡したとも聞いています。『アイドルだった人が大丈夫なのか』と言われたこともありましたが、部屋のおかみさんとしては文句ない働きぶりでした。夫婦の仲のよさも有名でしたよ」(相撲記者)

 

 そんな内助の功もあり、親方は2014年、大名跡である「二所ノ関」を継承。その翌年、みづえさんは本誌の取材に、こう語っている。

 

「(力士たちにとって)お母さんというより、下宿屋のおばちゃんですね(笑)。親方が部屋を興したころは、とにかくみんな一生懸命。いいことも悪いことも含めて、全力疾走していた感じでした。

 

 それが30年たって、いつの間にか、あのころの一生懸命さを忘れてしまったような気がしていて……。二所ノ関部屋に看板が変わったのを機に、もう一度、初心に返ろうと思っているんです」

 

 弟子で元小結・松鳳山の松谷裕也さんは、こう語る。

 

「おかみさんがアイドルだったなんてまったく知らず、聞いたときは本当に驚きました。完全に “相撲部屋のおかみさん” でしたから。

 

 おかみさんはとにかく視野が広くて、弟子たちのことを細かく見ているんですよ。『脱衣所の掃除ができていないよ』とか。若いときは『うるさいな』と思ったこともありますが、関取になって責任ある立場になり、そしていま経営者となって、あのときに言ってもらったことの大事さが身に沁みます。

 

 師匠とおかみさんは本当に仲よしですよ。出かけるときはいつも一緒。部屋で食事会のときに『親方のこと愛してるからね~』とか言ったり。師匠のほうもまんざらでもない感じで嬉しそうでした。そんな師匠とおかみさんだったから、本当に家族みたいな、あったかい部屋でしたね」

 

 そんな2人を悲劇が襲ったのは、2017年10月。親方が路上で転倒、頭部を強打して病院に緊急搬送され、頭部の緊急手術を受けた。一時は意識不明の重体だったが、懸命なリハビリにより、翌年にはファンの前に姿を見せるまでに回復した。

 

「おかみさんは部屋と病院を行き来する毎日で、本当に大変だったと思います。それでも、部屋のおかみさんの仕事は前と変わらず全部こなして、我々弟子たちに疲れたそぶりを見せたり、愚痴をこぼしたりすることはありませんでした。そんな姿を見ているから、自分たちも『親方が戻ってくるまで頑張ろう』という気持ちになれました」(松谷さん)

 

 二所ノ関部屋は、親方の65歳の定年を前に、2021年12月、放駒親方(元関脇・玉乃島)が継承。みづえさんは部屋のおかみとしての役割を終え、親方は2023年に日本相撲協会を退職した。

 

 現在、千葉・船橋で「焼肉ホルモン 松鳳山」を経営している松谷さんは、師匠への思いを本誌にこう打ち明けた。

 

「師匠に叱られたことはないんです。ただずっと言われたのは、『前に出ろ』。その言葉を胸に、飲食という未知の仕事に挑戦し、毎日店に立っています。亡くなったと聞いて、師匠に会いに行かなければとは思うんですが、正直複雑な気持ちです。師匠の顔を見てしまえば、それが現実になるというか……。まだそれを受け入れられない気がします」

 

 そこまで話すと、松谷さんは大粒の涙を流した。

 

 最愛の妻・みづえ夫人を筆頭に、弟子からもファンからも愛された「南海の黒ヒョウ」だった。

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出典元: SmartFLASH

著者: 『FLASH』編集部

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