
ホワイトソックスの村上宗隆(写真・アフロ)
ホワイトソックスの村上宗隆の評価が、日に日に高まっている。5月8日(日本時間)までに放った本塁打は14本。15本を記録しているヤンキースのアーロン・ジャッジと、本塁打数のデッドヒートを繰り広げている。
「逆境に強い男なんですよ、ムネは」
そう語るのは、ヤクルトで12年間、外野手としてプレーし、村上の入団当時から公私ともに親交が深い、上田剛史氏だ。
「いまの(ホワイトソックスとの)契約は、まわりが期待していたよりも、いいものじゃなかった。WBCでも思ったような結果が出せなかった。でも、みんなが『大丈夫か』と思っているときに打つ。ヤクルト時代からそうなんです」(以下「」内は上田氏)
当初、村上の契約は1億ドル(約160億円)を超えるとも予想されていた。だが、結局は2年総額3400万ドル(約54億円)にとどまった。ホワイトソックスはこの2年、連続でア・リーグ中地区で最下位に沈み、チームとして再建中だ。
「いまは、慣れない環境で必死にやっていると思います。しかし、この1年めが非常に重要なことは本人がいちばんわかっているはずです。ほかの球団も注目しているでしょうし、大きい契約で取りに来るチームもあるかもしれません」
村上がメジャーリーガーになったのは、“レジェンド”の存在が大きかったという。
「ムネが入団して1年めのオフに、青木(宣親)さんの自主トレに参加したんですよ。参加メンバーを集める担当は私だったんですが、ムネは青木さんが声をかけたんです。ロサンゼルスでアメリカの雰囲気を感じ、そこでメジャーへ行きたいという気持ちは膨らんだかもしれません。その自主トレで、青木さんは『身体が変われば、こいつは今年、30発以上打つ』って言ったんですよ。僕は正直『いやいや』って思ったんですけど(笑)。でも泣きながらストレッチをやったりと、ムネは自分の身体を変えようと必死でした。そしたら、その年、本当に36本打ちましたからね」
青木はメジャーで6年間、活躍。ワールドシリーズにも出場した。日本を代表するバッターになりたい――という村上に、青木は指導を続けたという。
「ムネがここまで来られたのは、やっぱり青木さんがいたからですよ。上に行くには何をすべきか、ずっと厳しく教えていました。もちろん、それを実行してきたムネもすごいんですけどね」
開幕戦、村上がメジャーで初めてのホームランを打った直後、上田氏は祝福のLINEを送った。
「『びっくりしたわ』って送ったら『ありがとうございます』と。それから、シカゴにも来てください、みたいなこともね。僕も1回は行かないといけないと思っているんですけどね」
成長を間近で見守り続けた“兄貴”の前で、豪快な一発があるかもしれない。
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