
ヤクルトで活躍し「赤鬼」の愛称で親しまれたボブ・ホーナーさん
米大リーグとNPBで活躍した元プロ野球選手、ボブ・ホーナーさんが死去した。享年68。
ホーナーさんは、1978年のMLBドラフト全体1位指名でアトランタ・ブレーブスに入団。マイナーを経験することなくメジャーデビューすると、初出場試合でホームランを放つなど活躍し、新人王を獲得した。1986年には1試合4本塁打を放つなど、9年間で215本塁打をマーク。フリーエージェント(FA)になったものの、高年俸がネックとなり契約がまとまらず、1987年は日本のヤクルトスワローズでプレーすることになった。
「来日時は29歳で、バリバリのメジャーリーガーそのもので、キャリアの終盤に日本でプレーする元メジャーリーガーが多かったなかでは、異質の存在でした。4月末に来日し、5月5日の阪神戦で日本デビューすると、その試合でいきなりホームラン。そこから4試合で6本のホームランを放ち、日本の野球ファンの度肝を抜きました。
故障もあり、93試合の出場にとどまったことで規定打席には達しなかったものの、31本塁打、73打点、打率.327。もっと試合に出ていれば三冠王になっていた可能性もあります。まさに“ホーナー旋風”と呼ぶにふさわしい活躍で、いまも多くの野球ファンの記憶に、強烈に焼きついています」(スポーツライター)
俳優の薬師丸ひろ子と共演した、サントリービールのCMをおぼえている人も多いだろう。
Xにはそんなホーナーさんの死を悼み、当時の活躍を懐かしむ声があふれているが、なかにはこんな声も。
《もう彼のバントでホームランは見ることが出来ないのか…残念です。RIP.》
《ファミスタと燃えプロではお世話になりました バントでホームランは昨日のことのように覚えています ありがとうございました》
と、ホーナーさんの「バントでホームラン」を思い出す人が多いのだ。
「1987年に発売されたファミリーコンピュータ用の野球ゲーム『燃えろ!!プロ野球』(通称『燃えプロ』)のことです。ホーナーさんはゲームのなかでも驚異的な打撃力を発揮し、ボールがバットに当たれば、バントでもホームランになるという仕様は有名で、ファミコン少年たちを楽しませました。当時のゲーム開発責任者は2023年、テレビ番組に出演し、発売直前になって怪物バッターを登場させることを思いつき、当時、衝撃の活躍をしていたホーナーを抜擢したうえで、その能力を極端に上昇させたことから『バントでホームラン』という“バグ”が生じてしまったと語っています」(前出・スポーツライター)
日本でプレーしたのは1987年の1年だけだったが、その活躍はまさに伝説級なのだ。
![Smart FLASH[光文社週刊誌]](https://smart-flash.jp/wp-content/themes/original/img/common/logo.png)







