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工藤公康氏、中日の新監督へ…不文律破った“優勝請負人”を待ち受ける野村克也氏も悩んだ“ジンクス”

スポーツ 記事投稿日:2026.10.09 18:39 最終更新日:2026.10.09 18:39

工藤公康氏、中日の新監督へ…不文律破った“優勝請負人”を待ち受ける野村克也氏も悩んだ“ジンクス”

工藤公康氏

 

 球団創設90周年という節目に復活を期したプロ野球・中日ドラゴンズだったが、けが人が多く出たこともあり、2年ぶりの最下位に沈んだ。Bクラスには6年連続ということになる。

 

 かつては常勝軍団の道を歩んだ時期もあった中日。2004年、球団OBの落合博満氏が監督に就任すると、2011年までの8年間でセ・リーグを4度制し、2007年は日本一にも輝いている。特筆すべきはその間、ただの1度もBクラスがなかったことだろう。いかに安定した強さを誇っていたかが分かる。

 

 だが、その落合氏が率いる中日は「強いが面白味に欠ける」とファンから見放されたこともあり、セ・リーグで優勝に導きながら落合氏が2011年に退任するという、前代未聞のできごととなった。

 

 それが合図となったかのように、中日の低迷期が始まった。現在に至るまでの15年間で、Aクラスとなったことは2度しかない。

 

 その中日の新監督に10月8日、元ソフトバンク監督だった工藤公康氏の就任が決まった。

 

「中日としては、工藤氏を“背水の陣”といった意味で受け入れるのだと思います。なぜなら、中日で選手やコーチの経験がなく、完全に外部から監督になるのは、1950年にセとパに分かれた2リーグ制以降、わずかに3人めのことだからです。巨人同様、いわゆる“外様”を監督には迎え入れない、との不文律を破ってまでのことなので、腹をくくった決断だといえます。球団としては、当然のことながら複数年契約を提示したようです」(スポーツ紙中日担当記者)

 

 工藤氏の球界での別名は“優勝請負人”である。なにしろ選手、監督としての優勝回数はずば抜けているのだ。29年間の現役生活では西武、ダイエー、巨人、横浜と渡り歩き、14度のリーグ優勝、11度の日本一に輝いた。

 

 引退後、ソフトバンクの監督としては3度のリーグ優勝、5度、日本シリーズを制覇している。選手、監督として、これだけの実績を残している野球人は、ほかにいないだろう。だからこそ、中日は思い切った手に出たのだ。

 

 ただし、「工藤氏は、監督業のある“ジンクス”に挑むことになる」と、スポーツ紙デスクは語る。

 

「それは、監督に就任した最初のチームで複数回、優勝し、その後、別のチームで同じように成功した監督というのが、日本のプロ野球ではほとんどいないのです。

 

 西武の最初の黄金期を築いた森祇晶(まさあき)氏は、9年間でなんと8度パ・リーグを制し、6度の日本一に導いています。ところが横浜の監督に就任すると3位、そして最下位と、わずか2年で退任となってしまいました。

 

 広島を常勝軍団に導いた古葉竹識(たけし)氏は、11年間でセ・リーグ優勝4度、うち3度が日本一でした。しかし、大洋(現横浜DeNA)の監督になると5位、4位、そして最下位と、1度もAクラス入りを果たせず退任となりました。

 

 また、野村克也氏もヤクルトを3度、日本一に導きましたが、その後の阪神、楽天ではほとんどがBクラス。ノムさんからは何度も『俺の監督経歴から両チームの名前は消してくれ』と言われたほどです(笑)。その際、『なぜ、次のチームで成功するのが難しいのか?』と聞いたことがあるんですが、『もちろん戦力の差はあったし、選手との相性もあった。でも、俺はヤクルト時代とどうしても比較してしまったからな。それは言葉や態度に出ることもあるし、選手も分かる。当然おもしろくないわけだ。比較はダメだ。そこが大きな反省点だった』と言っていたことを思い出します」

 

 工藤氏が率いたソフトバンクは、「12球団一の戦力」と謳われていた。対して中日はというと……。

 

 ジンクスを打ち破るには、「まず比較はしない」ということなのかもしれない。

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出典元: SmartFLASH

著者: 『FLASH』編集部

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