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日ハム・新庄剛志監督、相手ファンにも見せた「脱帽一礼」に称賛の嵐“ド派手”の陰に球界屈指の“礼儀正しさ”

スポーツ 記事投稿日:2026.10.13 19:40 最終更新日:2026.10.13 19:40

日ハム・新庄剛志監督、相手ファンにも見せた「脱帽一礼」に称賛の嵐“ド派手”の陰に球界屈指の“礼儀正しさ”

10月12日、クライマックスシリーズ・ファーストステージ第3戦で勝利を収め、ファンに深くお辞儀する日ハム・新庄剛志監督(写真・共同通信)

 

 10月12日、激戦を終えたプロ野球・北海道日本ハムファイターズの新庄剛志監督が見せたある行動が、大きな反響を呼んでいる。

 

 2026年のクライマックスシリーズ・ファーストステージ第3戦は、日ハムが埼玉西武ライオンズを4-1で下し、ファイナルステージ進出を決めた。ベルーナドームでの熱戦が幕を閉じた直後、グラウンドに立った新庄監督が、左翼席の西武ファン、そして右翼席の日ハムファンに向かって、深々と頭を下げたのだ。

 

 さらにその後、引き上げる西武の西口文也監督や選手たちにも、かぶっていた帽子をパッと脱ぎ、再び深くお辞儀をしてあいさつした。試合の緊張感から解き放たれた直後の紳士的な振る舞いに、Xでは《やはり元阪神の選手だけに気になるね。奇抜なパフォーマンスをすることもあるが、こういう人としての基本が出来てるって素敵だわ!》など、称賛の声が寄せられている。

 

 ド派手なパフォーマンスや、ユニークな発言ばかりが注目されがちな新庄監督。だが、その素顔を知るスポーツ紙記者はこう語る。

 

「新庄監督は、じつは球界でも屈指の“礼儀正しい人”として知られています。グラウンドや用具を大切に扱い、相手チームへも敬意をもって接し、何より『ファンや仲間をいちばんに考える姿勢』は、現役時代からブレていません。今回のあいさつもパフォーマンスではなく、本来の人柄がそのまま出た場面だったといえます」

 

 1989年に阪神へ入団し、3年めには、選手として一気にスターダムへ駆け上がった新庄監督。2001年にはメジャーへ挑戦し、2002年には日本人初のワールドシリーズ出場という快挙も果たした。2004年に日ハムで日本球界へ復帰すると、2006年にはチームを日本一に導き、絶頂のなか、電撃引退。日本中がその決断を惜しんだ。

 

 そんな輝かしいキャリアの裏で、周囲の想像を絶するような“裏切り”も経験している。

 

「阪神時代から『親も同然』と慕う知人に、17年間にわたり資金管理をまかせきりにしていました。しかし2006年、現役引退直後に口座を確認したところ、巨額の使い込みが発覚したのです。22億円あったはずの口座には、わずか2200万円しか残っていなかったのです」(同前)

 

 ほとんどの財産を失うという、人生のどん底を味わった新庄監督。しかし、移住先のバリ島で自由な生活を送りながら、前へ進むエネルギーを蓄えていた。そして2019年、47歳で突如「プロ野球選手への復帰」を宣言してトライアウトに挑戦。結果的に復帰はかなわなかったものの、あきらめずに挑み続ける姿は、多くの人の心を動かした。

 

「2017年2月20日に放送された『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)では『17年間、調べなかった自分のミス。他人にまかせた僕がいちばん悪い』と発言するなど、経験を笑いに変えていました。礼儀に加え、そんなサービス精神が、いつまでも彼が支持される理由でしょう」(同前)

 

 ファイナルステージでは、福岡ソフトバンクホークスと戦う新庄監督。さらなる見せ場を作ってくれるに違いない。

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出典元: SmartFLASH

著者: 『FLASH』編集部

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