
メジャー挑戦を表明した織田翔希
「最終目標である世界一のピッチャーになるために、アメリカの地で挑戦することに決めました」
10月15日、ドラフト1位候補と目されている横浜高校の織田翔希投手が同校で会見をおこない、「覚悟を決め挑戦していきたいと思っている」と、NPBを経ず米国でプレーする決意を表明した。
織田は2年時春の選抜大会で、チームの優勝に貢献。3年時の夏の甲子園では、大会史上最速記録の156km/hを計測したが、準決勝の智弁和歌山戦で敗退していた。近年では、佐々木麟太郎選手や森井翔太郎選手らが記憶に新しいが、高校卒業後に若くして海を渡るケースが相次いでいる。
現在、野球解説者として活躍するマック鈴木氏も、かつてNPBを経ずに16歳で渡米し、メジャーの舞台に立った1人だ。若き才能の決断について、こう語る。
「ひと昔前だったら『絶対にNPBで力をつけてからメジャーに挑戦したほうがいい』と言い切れた部分もありました。時代とともに、メジャーの環境や選手のモチベーションが変わってきていますし、彼も少しでも早くメジャーに挑戦したいのでしょう」
かつて過酷とされたマイナーリーグの環境も、時代とともに劇的な変化を遂げていると続ける。
「英語のサポートをはじめ、野球に集中できる環境が整っており、給料面でも充実してきています。逆にNPBへ入団することによって、行きたいときにメジャーに行けなくなる、というデメリットもあります」
鈴木氏は1992年に渡米し、ボールボーイなどをしながら練習生として下積みを重ねた苦労人。その後、1994年にマリナーズとマイナー契約を結び、1996年にメジャーデビューを果たした。こうした厳しい世界を知るからこそ、日本で実績を残してから挑戦するメリットも否定しない。
「メジャーに長くいたいというのであれば、ある程度、日本で実績を作っていったほうが、契約もちゃんと取れていけます。そういう意味では、ルーキーリーグから始めるより、NPBで5、6年やって、しっかり契約をもらったほうがいいという考えもあります」
では、NPBでの実績なしにメジャー挑戦するうえで、何が大切なのか。鈴木氏は、これから米国で戦う織田へ、実感を込めたエールを送る。
「早くメジャーに上がることがいいというのではなく、大事なのは、少しでも長くメジャーで活躍できることだと思います。次に、チームに必要とされる選手になること。そして、ポストシーズンで活躍できる、さらにワールドシリーズでチャンピオンになる……という段階になってくる。織田くんの場合は、まず自分の地位を確立するために、ルーキーリーグでもしっかり成績を残し、1A、2A、3Aと段階を踏んでいくべき。舞台のレベルが上がっていくところで、球団が求めている投手になっていければ、メジャーへの切符がもらえます。
あとは、高校生ナンバーワン投手とはいえ、メジャーまで上がろうとすると時間はかかります。5年ほどの覚悟は必要だと思います。けががいちばんもったいないので、じっくり上がっていけばいい。ほかの日本人もですが、織田くんのような逸材が直接、アメリカに行き、彼を追い越していくかもしれない。そういうときに自分を見失わずにがんばれるか、というのも大事です。
あとは、NPBだと2、3年はしっかり見てくれますが、アメリカに行くと、住む場所など、自分でやっていかないといけない部分が出てくる。日本との差でいうと、その違いは大きそうです。また、NPBの二軍・三軍に比べたら、マイナーリーグで手取り足取り教えてくれることはかなり少なく、自分で考えて成長していかねばなりません。
それでも、挑戦したい若者が『失敗したらどうしよう』と思って行動はしないはず。10代でアメリカの野球に入って、バーランダーやシャーザーのように、“長寿”に活躍してもらいたいです」
若き才能の挑戦はまだ始まったばかり。どれだけの大輪を咲かせてくれるだろうか。
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