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東洋の魔女・谷田絹子、いま明かす「回転レシーブ」誕生秘話スポーツ 2018.11.27

 

「悪質タックル」「奈良判定」が流行語大賞にノミネートされるなど、体育会パワハラが世間を賑わせた2018年。しかし、ひと昔前には、体育会は「理不尽」が日常だった。

 

 今と昔は何が違うのか。理不尽な体育会出身の谷田(現・井戸川)絹子氏(79)を訪ねた。

 

 

 1964年の東京五輪で金メダルに輝いた、「東洋の魔女」こと女子バレー日本代表。当時「鬼」と呼ばれた故・大松博文監督の指導を受け、エースアタッカーとして活躍したのが谷田氏だ。

 

「コートの端のラインに立たされ、9メートル離れたネット近くに、先生がボールを投げる。取れるわけがないけど、追わないなんて許されない。取れるボールだけ練習してたら、試合で勝てるわけない。

 

 みんな次第にレシーブできるようになってました。ただ、あまりに理不尽なので、体育館の外に飛び出し『大松のバカヤロー』って叫んだこともありますよ。いつも先生に食ってかかってました」

 

 1960年、ブラジルの世界選手権で2位。そこから打倒ソ連を目標に編み出されたのが、回転レシーブだ。

 

「最初は怖くて飛び込めない。腰から背中までアザだらけで、座布団を腰に巻いてね。先生は『俺はせんでもできる』と言ってやらない(笑)。みんな文句言いながら練習してました」

 

 1962年、モスクワの世界選手権決勝でソ連を破り優勝。それで引退するはずだった。

 

「戻ってきたら、女子バレーが東京五輪の種目に選ばれていた。出るか出ないか、10日間ぐらい、大松先生と選手で話し合って決めたんです。

 

 回転レシーブも、みんなで試行錯誤して出来上がったもの。あのころは、やらされてただけじゃない。選手も強かったんです」

 

(週刊FLASH 2018年11月13日号)

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