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高知東生「薬物依存だった俺」任侠の親を持ち自分を殺す日々

エンタメ・アイドルFLASH編集部
記事投稿日:2020.10.16 11:00 最終更新日:2020.10.16 11:00

高知東生「薬物依存だった俺」任侠の親を持ち自分を殺す日々

 

 2016年9月、覚醒剤の使用等により、執行猶予つきの有罪判決を受けた俳優・高知東生。現在は、薬物依存症の治療をしながら、啓発活動に取り組んでいる。執行猶予が明け、初の自叙伝『生き直す 私は一人ではない』(青志社)を出版した高知に、いま何を思うのかを聞いた。

 

 

 

 高知が愛人と一緒にいたラブホテルに、マトリ(麻薬取締官)がやってきたのは、2016年6月24日の朝だった。吸った大麻が効きすぎて、2人で眠り込んでいたところだった。

 

「動くな!」と叫びながら大勢がなだれ込んできたとき、高知は寝ぼけてなにが起きたのか一瞬わからなかった。逮捕されるとわかったとき、「終わった」と全身から力が抜けるのを感じたが、同時にホッとした気分に包まれたという。それは、ようやく薬物依存から抜けられるという、安堵の気持ちだった――。

 

 高知の人生は、生い立ちからして複雑だ。生みの父親は元任侠で実業家、育ての父親も、四国では名の知れた任侠の親分だったという。母親は、双方の愛人だった。

 

「小学4年までは、ばあちゃんの家にいたんだよね。ばあちゃんからは、『あなたは犬と一緒に箱に入って鏡川を流れてきたのを、おじいちゃんが拾ってきたのよ』って言われていたから、両親はいないもんだと思っていた。

 

 でも、小学4年生のとき、おばちゃんだと紹介されていた人が『実はこの人がお母さん』と知らされたの。嬉しかったよ。家に来たときはなんでも買ってくれて、すごくいいおばちゃんだったから。それから、お袋と一緒の暮らしが始まった」

 

 その頃、母親から「父親」として紹介されたのが、育ての父親にあたる人物だ。当時の高知は、「お袋だけじゃなく、親父もいたんか!」と驚いたという。しかし、親元に引き取られたと思いきや、想像とは違う生活が待っていた。

 

「もうね、とんでもなかった。お袋は家を平気で2〜3日空ける。テーブルにカネを置いてご飯食べてこいって。夜は酔っぱらって親父と帰ってくる。ばあちゃんの家にいたときには住まわせてもらう苦しさがあったけど、お袋と住み始めてからは、また新しいつらさが生まれてきた。当時は、お袋が大嫌いだったね。

 

 お袋には必ず若い衆がついていて、普通の家庭とは違うなと思っていた。『今度はこういう家に預けられたんだ』って思った。まだ小学生だったから、自分の頭で理解しきれないんだよね。家ではいつも一人で、寂しかったし、怖かった。

 

 あの頃は常に『捨てられたくない』っていう意識があったから、一生懸命自分を殺して、大人に合わせていたと思う」

 

 中学・高校は、全寮制の学校を選んだ。家から離れる嬉しさはあったが、17歳の頃、突然、母親が自殺してしまう。

 

 高知は長らく、母の死因は交通事故だと話していた。自殺だと明かしたのは、今年に入ってからだ。

 

《俺が17歳の時に母親は自殺した。その日、寮生活をしていた俺に突然会いに来て「進路を今決めろ」と言い、別れ際に「ねぇ、私綺麗かな?」と聞いてきた。「実の息子に何言ってんや!気色悪い。もう門限だから行くぞ」と言って車から降りると、母親は泣きながら笑っていた。それが最後の会話になった。

 

 その日から俺は「なんであの時『綺麗やぞ、お袋』と言ってやらなかったのか?」「言ってたら死ななかったのか?」と苦しむことになった。

 

 喪失感、怒りや悲しみ、様々な感情をどう吐き出していいかわからず、俺はどんどん荒れていき喧嘩ばかりするようになった。今も最後の一言への後悔は消えていない》(7月19日、本人ツイッターより)

 

「自慢して話すことじゃないから、自分の中ではずっと隠してきた。芸能界というのは、真実を話す場所ではないしね。元妻は同業者だったから、よけいに『守らなければ!』と思って、長く心の中で封印してきた。

 

 でも、逮捕されて、依存症と向き合っているうちに考え方が変わってきた。はじめは、自分ひとりで反省しようとしたけど、やはり限界があるよ。『死んで償うことが自分の責任なのかな』と思いつめた時期もあった」

 

 だが、まもなく一人きりで過ごすことをやめ、徐々に外の世界に出るように。「自助グループ」と呼ばれる、同じ経験を持った人たちと回復を目指す集まりにも参加し始めた。

 

「1年半前、似たような苦しみを抱える人たちに出会った。同じ経験と苦しみを持ち、絶望して、そこから生き直している先輩方に出会ってから、少しずつ希望が見えてきた。

 

 他の人たちの話を聞いていると、『俺だけじゃないんだ、皆それぞれの環境で苦しんでるんだ』って楽になれた。徐々にだけど、自分の過去を話してみようという気持ちにもなっていった」

 

 2018年から再開したツイッター上では、今の素直な心境を日々呟いている。

 

「気持ちをさらけ出して、気づいたことも多いよ。薬物依存で批判されるのは当たり前。世の中に叩かれて、自分は最低の男だと思ったし、築き上げたものも全部失った。

 

 でも、思い切って自分を見せたら、世の中、共感してくれる人もたくさんいたんだよね。同じ苦しみやつらさを持っている人が、見る角度を変えたらこんなにいるのかと驚いた」

 

 次回は、薬物にハマったきっかけについて告白する。

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