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水島新司「『あぶさん』誕生のきっかけはノムさんの『代打屋でどうや!』」

エンタメ・アイドルFLASH編集部
記事投稿日:2020.12.04 20:17 最終更新日:2020.12.04 20:20

水島新司「『あぶさん』誕生のきっかけはノムさんの『代打屋でどうや!』」

本誌取材時の水島さん

 

 野球漫画の第一人者である水島新司さん(81)が引退することを12月1日、所属事務所が発表した。

 

 水島さんは1958年、18歳で漫画家としてデビュー。1969年の『エースの条件』から野球漫画に着手し、以降、野球を題材とする作品を多く手掛けてきた。

 

 

 そのストーリーもさることながら、『あぶさん』の影浦安武、『野球狂の詩』の水原勇気、そして『ドカベン』の山田太郎と、数々の名物キャラクターを生み出してきたことでも有名だ。

 

 そのキャラを生み出すきっかけを、かつて水島さんは、「影浦安武も水原勇気も、野村克也さんだったのです」と、本誌に語ってくれていた。

 

「私が野村さんと初めて会ったのは、1973年の自主トレのときでした。当時、私は飲んべいの野球選手を主人公にした漫画を書きたくて、その取材を兼ねて会いに行ったわけです。構想を話すと、『飲んべいは、瞬発力はあるがスタミナはない。代打屋でどうや!』と。このひと言で、『あぶさん』が誕生したわけです」

 

 アイデアマンだった、野村さんらしい助言だった。

 

「次に私は、『プロ野球界に女性選手を誕生させる』という、当時では考えられない発想の漫画を描こうと思ったんです。そこで各球団の監督に『どうですか?』と聞いて回ったら、誰もが口を揃えて『無理な話だよ』と言うわけです。

 

 ところが野村さんひとりだけが、『投手でワンポイント、緩くても独特の変化球を持った女のコだったら、ワシは使うで』ときた。これが『野球狂の詩』の水原勇気の誕生であり、“ドリームボール” の完成だったわけです」

 

 一見、突飛な助言ではあったが、お互いが柔軟性のある考えの持ち主だったことが、この世に名作を生み出す結果につながった。

 

 漫画関連の受賞は、数知れず。ほかにも2005年には紫綬褒章、2014年には旭日小綬章を受章した。しかしじつは、半世紀を超える63年もの現役生活で、ただの一度も締め切りを破ることのなかったことが、もっとも誇らしい “勲章” だったかもしれない。

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