東京・神田の古いビルの2階。そこには夜な夜な紳士淑女が集まり、うんちくを披露しあう歌謡曲バーがあるという。
今宵も有線から、あの名曲が流れてきた。
お客さん:お、このイントロは平尾昌晃・畑中葉子の『カナダからの手紙』。デュエットソングの定番中の定番!
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マスター:1978年にリリースされて、オリコン1位にも輝き、70万枚を売り上げた名曲だね。
お客さん:ところで、なぜカナダだったの?
マスター:もともと平尾昌晃が編曲家協会主催の「空の音楽祭」に出品した作品で、「空の~」だから外国旅行をテーマにした。若者に「どこに行きたいか?」をアンケートしたところ、カナダが圧倒的1位だったから、作詞家の橋本淳がその曲に『カナダからの手紙』とタイトルをつけ、詞を書いたという。
お客さん:アンケート結果だったのね。
マスター:ただ、橋本淳の記憶は違っていて、「たまたまカナダにスキーに行きたくてパンフレットを見ていたら詞を思いついた」と語っている。
お客さん:だいぶ前だから記憶がすれ違うこともあるよね。
マスター:いずれにしてもカナダを題材にした名曲が完成したわけだ。
お客さん:ところで、なぜ相手に畑中葉子が選ばれたの?
マスター:畑中葉子はもともと八丈島出身の歌手を目指す少女だった。中学のとき、父親が経営する会社が東京都心に進出することを機に、家族で中目黒に移り住んだ。
お客さん:ほうほう。
マスター:で、なんとそのマンションの2つ隣の部屋に住んでいたのが、平尾昌晃だった!
お客さん:えーっ!
マスター:畑中の父親が日本酒をもって訪ね、娘の思いを伝えると、「そんなに歌手になりたいのなら、うちの歌謡教室でレッスンしてみたら?」ということで、平尾昌晃歌謡学校(現・平尾昌晃ミュージックスクール)に入ることになった。
お客さん:偶然というのは恐ろしいもんだね!
マスター:そして高2の終わりごろ、『カナダからの手紙』のオーディションがあり、教室の生徒6人のなかから見事、選ばれ、この年の紅白歌合戦にも出場した。
お客さん:ただ、その後、畑中葉子はセクシー路線に転向するなどいろいろあったよね……。
おっ、次の曲は……まさかの畑中葉子『後から前から』!!
文/安野智彦
『グッド!モーニング』(テレビ朝日系)などを担当する放送作家。神田で「80年代酒場 部室」を開業中
参考:平尾昌晃『昭和歌謡1945〜1989』(廣済堂新書)/『昭和40年男Vol.41』(クレタパブリッシング)/ 『朝日新聞』(2017年6月17日)