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名曲散歩/沢田研二『時の過ぎゆくままに』 作曲家選びは贅沢すぎるコンペで
エンタメ・アイドルFLASH編集部
記事投稿日:2021.05.30 16:00 最終更新日:2021.05.30 16:00
東京・神田の古いビルの2階。そこには夜な夜な紳士淑女が集まり、うんちくを披露しあう歌謡曲バーがあるという。今宵も有線から、あの名曲が流れてきた。
お客さん:お、このイントロは沢田研二の『時の過ぎゆくままに』。退廃的で気だるい色気をもつ、ジュリーの魅力が詰まった1曲だよ。
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マスター:1975年リリース、沢田研二の14枚目のシングル。オリコン1位となったこの曲はジュリーが主演したドラマ『悪魔のようなあいつ』(TBS系)の主題歌として作られたもの。
お客さん:たしか時効が迫っていた3億円事件の犯人の物語だったよね。
マスター:TBSのプロデューサー兼演出家の久世光彦が、「沢田研二でドラマを作るのでストーリーを考えてほしい」と、阿久悠に依頼したのがすべての始まり。
お客さん:久世光彦と言えば『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』などを手掛けた名演出家だ。
マスター:そう。ちょうど阿久悠も沢田研二と仕事をしたいと思っていたので快諾。2人は3日間、箱根湯本の旅館にこもり、構想を練った。
お客さん:沢田研二をどう魅力的に見せるか、話し合ったんだね。
マスター:しかし、なかなか結論が出ない。時間切れ寸前に阿久悠が「沢田研二が3億円事件の犯人だったらどうだろう」と提案したところ、それで決まった。
お客さん:そこでテーマ曲を阿久悠が書いたわけだ。
マスター:そして、作曲家選びが前代未聞だった。久世光彦は6人の作曲家にコンペという形で発注。そのメンバーがすごい。井上大輔、井上堯之、加瀬邦彦、荒木一郎、都倉俊一、大野克夫という面々。
お客さん:超一流だらけ! なんと豪華な!
マスター:久世、阿久、沢田の3人で選んだのが大野克夫だった。大野は打ち合わせで詞を読んだ瞬間、すぐにメロディーが浮かび、それをそのまま家に持ち帰り、3時間で完成品に仕上げたという。
お客さん:天才ってそういうものなんだね。
マスター:締め切りまで1週間もあるのに、打ち合わせの翌日には久世光彦のもとに持っていき、採用となった。
お客さん:ほかの5人が書いた『時の過ぎゆくままに』も聞いてみたかったなあ。
マスター:阿久悠・大野克夫コンビは、のちに『勝手にしやがれ』『憎みきれないろくでなし』『サムライ』『ダーリング』『カサブランカ・ダンディ』などなど、多くのジュリー作品を生み出した。
お客さん:ドラマ自体は残念ながらヒットしなかったよね、カルト的な人気はあったけど。
マスター:でも、久世光彦は手掛けた作品のなかで『悪魔のようなあいつ』が一番気に入っていると言い続けた。そして阿久悠も、一番好きな曲と言い続けたのが、この『時の過ぎゆくままに』だった。
お客さん:巨匠2人が生み出し、そして愛した作品だったんだね。
おっ、次の曲は……。
文/安野智彦
『グッド!モーニング』(テレビ朝日系)などを担当する放送作家。神田で「80年代酒場 部室」を開業中
参考:濱口英樹『作詞家・阿久悠の軌跡』(リットーミュージック)/阿久悠『夢を食った男たち』(毎日新聞社)/阿久悠『「企み」の仕事術 阿久悠』(KKロングセラーズ)/久世光彦『歌が街を照らした時代』(幻戯書房)