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50代最後の年を過ごす加藤雅也 俳優デビューで感じた「悔しさと情けなさ」…プロデューサーからの助言が価値観変えた

エンタメ・アイドル 投稿日:2022.07.31 11:00FLASH編集部

50代最後の年を過ごす加藤雅也 俳優デビューで感じた「悔しさと情けなさ」…プロデューサーからの助言が価値観変えた

加藤雅也

 

「父方の祖父母が教師だったと聞いていたので、その影響があったかもしれません」

 

 教師を目指して横浜国立大学教育学部に進学した加藤雅也は、教職課程の履修に奮闘する毎日を過ごしていた。

 

 だが、大学3年生のときに思ってもいなかった「岐路」に立たされた。いや、もしかしたらそれは必然だったのかもしれない。183cmの高身長、のちに俳優の石橋蓮司から「お前、ショーケン(萩原健一さん)に似てるな」と言われたルックス。加藤は芸能事務所に「モデルにならないか」と声をかけられた。

 

 

スカウトはされましたが、最初はチラシにばかり出ていました。本格的にモデル活動を始めたのは翌年(1986年)に創刊された『メンズノンノ』のレギュラーモデルに選ばれてからです。

 

 教育実習などで教員世界の保守的な部分に違和感を覚えていたこともあって、『僕が本当にやりたいことはなんだろう』と模索していた時期でしたから、『選んでいただけたのは、僕の何かが今の時代に求められているからだろう。だったらその何かを見極めたい』と思ったんです」

 

 そして「思い切りやってダメだったら、そのときに判断すればいい。だけど中途半端な気持ちでやってはダメだ」と心に決めた。そのころ、先輩モデルに連れてこられたのが、今年で創業68年になるイタリア料理の名店「六本木シシリア」だった。

 

「奈良県出身で横浜の大学生だった僕は六本木に縁がなく、お店のことも知りませんでした。お店の前でタクシーを降りたんですけど、そこがどこかはまったくわかりませんでした」と笑う。ただ、生地が薄い四角形のピザの美味しさに驚いたことは、後々まで覚えていたという。

 

「それからはお店の移転などもあってお邪魔することはありませんでした。

 

 しかし、40歳を過ぎたころだったと思います。この界隈を歩いていたら偶然、看板を見つけたんです。『あ、あのシシリアだ』と感動の再会です。以来、ちょくちょく通わせていただいています」

 

「僕は食通でもなんでもありません」と言うが、料理の注文方法は独特だ。

 

「その店で、僕自身が『これはほかのメニューより群を抜いて美味しい』と感じた料理ばかりを注文します。点心が美味しい中華料理店だったら最初から最後まで点心みたいな。コース料理は、ほとんどいただきません。なぜかと言われると、俳優で培った『経験と判断』を大切にしているからでしょうか」

 

 このこだわりは、俳優デビューしたころの「悔しさと情けなさ」にあった。

 

( 週刊FLASH 2022年8月9日号 )

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