エンタメ・アイドル
『silent』には遠く及ばないが、『いちばんすきな花』が脚本家も多部未華子らも誰一人損はしていない理由【ネタバレあり】
エンタメ・アイドルFLASH編集部
記事投稿日:2023.12.22 16:05 最終更新日:2023.12.22 16:05
2022年の同じ時期に放送されていた『silent』(フジテレビ系)級の大ヒットにはならなかったものの、脚本家も主演の4人も誰一人として損はしていない作品になったと思う。
社会現象を巻き起こした『silent』の脚本家・生方美久氏の新作ということで、放送前から注目が集まっていた『いちばんすきな花』(フジテレビ系)。12月21日に最終話(第11話)が放送され、無事完結した。
【関連記事:『silent』異例の再放送へ! 社会現象の裏にあった“冬ソナ世代”の熱狂に見える「20年越し」純愛ドラマへの飢え】
多部未華子、松下洸平、今田美桜、神尾楓珠の4人によるクアトロ主演という新しいスタイルで、「男女の間に友情は成立するのか?」をテーマにしていた本作。
主人公は塾講師のゆくえ(多部)、出版社勤務の椿(松下)、美容師の夜々(今田)、イラストレーターの紅葉(神尾)の4人。恋愛や友情にまつわる人間関係に“生きづらさ”を感じていた彼、彼女らが偶然出会い、性差を越えて絆を深めていくストーリーだった。
■【ネタバレあり】“価値観の多様性”と“無数の価値観”の表現
紅葉はゆくえに、夜々は椿にそれぞれ恋心を抱いていたが、第10話でその片想いに決着をつけるところまで描かれていたため、最終話は4人の友情に焦点が当てられた。
椿は結婚直前に婚約者の浮気が原因で破局したため、大きな一軒家に一人暮らし。そこにゆくえ、夜々、紅葉が集まり居心地のいい空間となっていたが、椿が引っ越すことになってしまったため、最終話のクライマックスでは4人がその家とお別れするシーンなどが描かれた。
脚本家の生方氏は、人間関係のなかで生まれる“あるある”的な心の機微を掘り起こすのがうまく、さらにそれを言語化する能力も非常に高いのだと感じる。
あくまで一例だが、最終話で夜々が「好きな人たちに、自分が何を嫌いなのか知ってもらったら、すっごい生きやすくなった」というセリフを語っていた。
これは真理だろうし、言われればハッとなって「なるほど」と納得するが、自覚したり言葉にしたりするのはなかなか難しいことである。
また第1話で、ゆくえは親友レベルの男友達・赤田(仲野太賀)から、結婚相手に反対されたからもう会うことができないと告げられていた。
赤田の妻は、友達だとしても夫には異性と2人きりで会ってもらいたくないという考えで、要するに「男女の友情」に否定的。ゆくえは、実際に赤田や椿と友情を育んでいるので、「男女の友情」に肯定的。このように、ゆくえと赤田の妻は「男女の友情」において肯定派・否定派で価値観が異なっていた。
しかし、最終話で赤田の妻が“ゴミ袋を入れていた袋”を、ゴミ袋として再利用するタイプだと判明。じつは第6話でゆくえも同じようにしており、“ゴミ袋の袋”については2人の価値観が合致している。
“ゴミ袋の袋”問題は些細なことだが、このシーンが意味しているのは、さまざまな物事に対して人それぞれの価値観があるということだろう。ある部分で価値観が合わなかったとしても、その2人はまったくソリが合わないなんてことはなく、感性が合う部分はたくさんあるかもしれない――ということを示しているわけだ。
最終話で妻の理解を得られたため、赤田とゆくえの友情は復活した。劇中では描かれなかったが、近い将来赤田に子供が産まれれば、赤ちゃんに会いに来たゆくえと妻が対面することもありえるだろう。そうなったとき、一見真逆そうに見える2人が、意外と意気投合するなんてシーンもなんとなく想像できる。
生方氏は価値観の多様性だけでなく、さまざまな物事に対して無数の価値観があるのだということも伝えており、そのように視聴者に“気づき”を与えるのがじつにうまいのだ。
■脚本家は独自の世界観を構築し“生方美久テイスト”を確立した
『いちばんすきな花』の世帯平均視聴率(ビデオリサーチ調べ/関東地区)は4%台、5%台を推移する低水準で、TVerなどでの見逃し配信は好調だったものの、『silent』ほどの爆発的な再生数は叩き出せなかった。
ただ、視聴者からの作品への評価は高めだったし、最終話はX(旧Twitter)の世界トレンド1位を獲得していたので、ファンに愛された良質なドラマになったと思う。
そのため、生方氏も主演4人もこの作品で株が下がったということはなく、むしろ業界内外からの評価はプラスになったのではないだろうか。
特に生方氏は『silent』に続いて独自の世界観を構築し、“生方美久テイスト”を確立することに成功した。
連続ドラマデビュー作となった『silent』が、いきなり社会現象級のヒットとなったわけだが、2作めで気負ってフォームを崩すなんてことはなく、自分の伝えたいメッセージを丁寧に物語にこめていた印象。少なくとも、まぐれで『silent』を当てた一発屋ではなく、質の高い物語を紡ぎ出せる地力がある脚本家なのだと、『いちばんすきな花』で証明してみせたように感じる。
脚本家本人にネームバリューがあり、「あの人の新作だから観たい」というファンがつくのはなかなか稀なこと。
三谷幸喜、宮藤官九郎、坂元裕二などキャリアの長い大御所クラスならともかく、2022年に連ドラデビューしたばかりの新人脚本家の名前が、ドラマのPRとして前面に押し出されるなんてそうそうなかったことだ。
生方氏には日本のドラマ業界を再活性化させるためにも、これからも個性的な“生方ワールド”を創り出していってもらいたい。
恋愛をロジカルに分析する恋愛コラムニスト・恋愛カウンセラー。これまで『女子SPA!』『スゴ得』『IN LIFE』などで恋愛コラムを連載。現在は『文春オンライン』『現代ビジネス』『集英社オンライン』『日刊SPA!』などに寄稿中
( SmartFLASH )