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『君が心をくれたから』永野芽郁と山田裕貴が「人畜無害な聖人」すぎて…脱落勢が続出したのは「物語が暗いから」だけではない

エンタメ・アイドルFLASH編集部
記事投稿日:2024.03.04 11:00 最終更新日:2024.03.04 11:00

『君が心をくれたから』永野芽郁と山田裕貴が「人畜無害な聖人」すぎて…脱落勢が続出したのは「物語が暗いから」だけではない

『君が心をくれたから』イベントに登場した永野芽郁と山田裕貴

 

 これまで視聴者離れの原因は、ストーリーの暗さや重さにあるという指摘が多かったが、実は根本的な問題は別にあるのではないか。

 

 永野芽郁山田裕貴演じる主人公たちが、過酷な運命を背負わされる「月9」のファンタジーラブストーリー『君が心をくれたから』(フジテレビ系)のことだ。

 

 

 2月26日(月)に第8話まで放送。世帯平均視聴率(ビデオリサーチ調べ/関東地区)は第1話が7.2%でスタートし、第2話から第8話まではだいたい5%台で推移しているので、固定ファンはついていることがわかる。

 

過酷な運命のファンタジーラブストーリー

 

「ファンタジーラブストーリー」と銘打つ本作の物語をざっとおさらいしておこう。

 

 主人公・逢原雨(永野)は、10年前の高校時代に心を通わせていた2歳年上の先輩・朝野太陽(山田)と感動的に再会。だがその直後、太陽は交通事故で瀕死になり、雨が絶望していると、あの世からの “案内人” を名乗る謎の男(斎藤工)が現れ、雨に過酷な “奇跡” を提案する。

 

 それは雨の味覚、嗅覚、触覚、視覚、聴覚をひとつずつ奪っていき、3カ月かけて五感すべてを失う代わりに、太陽の命を助けるというものだった。“奇跡” を受け入れた雨は第8話までに味覚と嗅覚と触覚を失っている状態だ。

 

 太陽は、雨が自分の命を助けるために五感を失っていくことを知り、花火師になるという夢をあきらめ、残りの人生を雨とともに生きる覚悟を決める。五感をすべて失ってからは24時間つきっきりの介護が必要になることも承知で、雨にプロポーズ。

 

 雨は、そんな太陽のやさしさに気づき、人生を捧げてもらうことに申し訳なさを感じたため、プロポーズを受けて婚姻届を出したフリをする。太陽には入籍したとウソをついており、五感をすべて失ってから、実は結婚していないという事実を伝え、彼の前から消えるつもりなのである。

 

 要するに雨と太陽は、どちらも相手を最優先に考え、滅私の道を進もうとする純粋で健気なキャラというわけだ。

 

主人公たちは人畜無害な聖人でしかない

 

 本作には一定数の固定ファンはついているのだろうが、おもしろくないと感じて観るのをやめてしまった人や、つまらないがハッピーエンドを信じて我慢して観続けているという人も少なくない。

 

 絶賛する層がいる一方、脱落する層や酷評する層がいるのも事実なのだが、ではどうしてネガティブ勢は本作にハマれなかったのかを掘り下げて考えてみた。

 

 冒頭でお伝えしたとおり、ストーリーの暗さや重さが好きになれないという声が多いのだが、それ以外にも致命的な原因があるように感じる。

 

 結論から言うと、雨と太陽のキャラクターが薄っぺらくて魅力がない。これに尽きる。

 

 雨は内向的だがピュアで健気。典型的な悲劇のヒロイン。太陽は裏表なく愛情豊かで情熱的。典型的な白馬の王子様。2人とも人畜無害な聖人で、どこまでいってもかわいそうな被害者。

 

 雨も太陽も他者の気持ちを思いやれる繊細な性格だろうが、フィクション作品のキャラ造形として考えると、繊細さより粗さを感じてしまう。

 

 劇中の2人はお互いを純粋に想い合って行動しているのだろう。だが、このドラマの制作陣が「どうです? かわいそうでしょ?」と同情を引き、「健気にがんばってますよ? 美しい愛でしょ? どうぞ泣いてください」と “感動” を押し売りしてきているようで、萎えてしまうのである。

 

『silent』『木更津キャッツアイ』との違い

 

 雨のピュアで健気なところや、太陽の愛情豊かで情熱的なところが悪いわけではないのだが、なにがダメかというと、その一面しかないところ。多面性が描かれていないから、キャラクターとして深みが感じられないのだ。

 

 たとえば、近年の恋愛ドラマの大ヒット作と言えば『silent』(2022年/フジテレビ系)が思い浮かぶだろう。

 

『silent』は主人公の女性(川口春奈)が、中途失聴者となった高校時代の元彼(Snow Man・目黒蓮)と再会してから始まるラブストーリー。

 

 聴力を失った元彼の弱さやかっこ悪さがきちんと描かれ、いい意味で人間臭いキャラクター造形となっていた。クールでかっこいいイケメンという一面だけでなく、わが身かわいさのエゴを出すなど、もろくてズルい裏の面も描かれたし、それゆえに障害を持つことの過酷さもリアルに伝わってきた。

 

 それに比べると、『君が心をくれたから』の雨も太陽も “強すぎる” のだ。自分のことは二の次で相手のことばかり最優先するといった強い一面しか描かれないから、リアリティに欠けるのである。

 

 また、『木更津キャッツアイ』(2002年/TBS系)は、主人公(岡田准一)が大病を患って余命半年と宣告され、死に向かっていく物語なので、悲劇的な運命を背負っているという意味で『君が心をくれたから』と類似性がある。

 

 だが、『木更津キャッツアイ』は脚本家・宮藤官九郎の手腕がいかんなく発揮されており、笑って泣けるパワフルなコメディに仕上がっていた。主人公は、表向きは自堕落な生活を送る欲望まみれの青年ながら、仲間想いのやさしさや熱さも持っているという多面性が描かれ、ひとりの人間としておもしろみにあふれていた。

 

 対して、『君が心をくれたから』の雨も太陽もおもしろみがない。一応断わっておくと、この場合の “おもしろみ” とは、笑えるとかコミカルといった意味ではなく、人間的な魅力という意味である。

 

『君が心をくれたから』は、ストーリーの暗さや重さについていけなかっただけでなく、雨と太陽のキャラに魅力を感じられないから、脱落勢が出てきたように思う。

 

 ――今夜放送の第9話以降で、主人公たちの違う一面が出てくることを期待したいが、はたして……。

堺屋大地

恋愛をロジカルに分析する恋愛コラムニスト・恋愛カウンセラー。これまで『女子SPA!』『スゴ得』『IN LIFE』などで恋愛コラムを連載。現在は『文春オンライン』『現代ビジネス』『集英社オンライン』『日刊SPA!』などに寄稿中

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