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仕事がなかった「小林稔侍」子供にも心配された赤貧時代
エンタメ・アイドルFLASH編集部
記事投稿日:2018.02.02 11:00 最終更新日:2018.02.02 15:15
俳優の小林稔侍が、1月28日放送の『誰だって波瀾爆笑』(日本テレビ系)に出演した。
東映ニューフェイスとしてデビューし、高倉健や里見浩太郎の後輩にあたる小林。しばらくはエキストラの仕事ばかりで、とても貧しかったという。
当時は町田の団地に家族4人で暮らしていたというが、そのころ娘に言われた一言が、いまでも印象に残っているという。
「『このセリフ言いにくいな』って、ちらっと家で言ったんですよ。そしたら(子供の)妹の方がね、家の経済状況がわかるから心配して、『パパその通りに言えばお金もらえるんでしょう?』って」
部屋には、家具と呼べるものはテレビとちゃぶ台のみ。子供たちにおもちゃを十分に買い与えることもできなかったという。
「スーパーに行ったら、ひよこが売ってたの。(娘が)『あれ欲しい』っていうわけだよ。ひよこ2羽買ってさ、せめてこれぐらいやってやらなきゃと。部屋の中でひよこを飼ったら、だんだん大きくなって。鶏は決まったところに糞をしてくれないから大変だよ」
家族で撮影したカラーの七五三写真にも、思い入れがあるという。
「(貧乏でも)せめて七五三の写真だけは撮っておこうと思って写真館に行ったんです。すると、カタログ持ってくるんだよね『どれにしますか?』って。値段書いてあるわけですけど、すごい高いんだよ僕からすれば。
やっぱり子供っていうのはわかるんだよね。(安い料金のページを見ていると)『パパこれでいいよ』って。それで逆にカラーの高い方にしたんだよ」
番組では「職業欄に俳優と書けるようになったのは37歳から」「子供達には借りがある」と語っていた小林。俳優として成功したいまでも、家族にかけた苦労は忘れていない。