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坂本冬美の『モゴモゴ交友録』桑田佳祐さん(69)ーー小学6年生のときから恋焦がれた方との出会いは、忌野清志郎さんが導いてくださった

坂本冬美
長い間、皆様に愛していただいた「モゴモゴ交友録」も、いよいよ今回が千穐楽(せんしゅうらく)。大トリを飾ってくださるのは……そうです、この方しかいません。ありったけの思いをこめて綴ったお手紙に応えてくださり、『ブッダのように私は死んだ』をプレゼントしてくださった、桑田佳祐さんです。
サザンオールスターズが、『勝手にシンドバッド』とともにド派手にデビューしたのは’78年6月。11歳、小学校6年生のわたしには “短パンで歌う、ちょっと不良な感じ” という印象で……モゴモゴモゴ。桑田さん、ごめんなさい。
そんなサザンの素晴らしさをわたしに教えてくれたのは、初恋の彼、山本くんです。
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「これ……」
と言って、わたしの目の前に差し出したのが、サザンオールスターズ4枚めのアルバム『ステレオ太陽族』のカセットテープでした。
若い方には、なんのこっちゃですが、当時はレコードをカセットテープに録音し、それをカセットレコーダーで聴いていた時代です。
もしかして、真面目そうに見える山本くんも不良な感じ!?と思いながら、家に帰ってカセットテープをセット。ボタンを押すと、桑田さんの声がスピーカーから流れだして。な、な、な、な、な、なんだ、この素敵な曲はーー。
あのときのカルチャーショックと感動は、今でも忘れることができません。なかでも、サイドBの最後の曲『栞(しおり)のテーマ』は、聴きながら心が震えっぱなしでした。
その後、わたしは恩師・猪俣公章先生と出会い、『あばれ太鼓』でデビュー。坂本冬美の代名詞ともいうべき『夜桜お七』をいただき、カバー曲『また君に恋してる』で新しい可能性を見出し……。
多くの人に愛され、支えていただき、どうにかこうにか歌い続けてくることができましたが、そんななかでも自分では気づかないまま、桑田さんの曲への恋慕(れんぼ)が、熾火(おきび)のようにくすぶり続けていたみたいです。
「わたしに、曲を書いていただけませんでしょうか」
無躾(ぶしつけ)なお願いなのは百も承知です。それでも、デビュー35周年を前に、桑田さんに思いをこめたお手紙をしたためたのがその証しです。
これまで誰にもお話ししたことはありませんが、初めて桑田さんにお会いした(?)のは、2009年に東京・青山葬儀所でおこなわれた(忌野)清志郎さんのロック葬でした。
大竹しのぶさん、竹中直人さん、甲本ヒロトさん、三浦友和さん……わたしの斜め前の椅子だけ、ひとつポツンと空いています。
ーー誰がいらっしゃるんだろう?
そう思ったそのとき、その空いた椅子に座ったのが……桑田さんでした。
言葉を交わすこともなく、ただじっと桑田さんの背中を見つめながら、清志郎さんとの別れを悼んでいましたが、今思うと、これが桑田さんとの出会いでした。きっと、清志郎さんが導いてくださったのだと思います。
ーーデビュー40周年のときに、もう一曲『ブッダのように私は死んだ』と対になるような歌を桑田さんにお願いしてみるというのは?
とんでもありません。わたしは、この一曲をいただけただけで十二分に幸せです。桑田さんからいただいた『ブッダのように私は死んだ』を大切に、大切に、歌い続けていくことが、わたしの幸せです。
それでも何か夢は?
えっ!? それでもですか?う~~~~~~~ん、では欲を言えばひとつだけ。もしも、もしも、もしも、もうひとつだけ夢がかなうとしたら、いつか桑田さんと同じステージに立って、一緒に『ブッダのように私は死んだ』を歌うことができたら……。それが今のわたしの、ただひとつの願いです。
さかもとふゆみ
1967 年3月30日生まれ 和歌山県出身『祝い酒』『夜桜お七』『また君に恋してる』『ブッダのように私は死んだ』など幅広いジャンルの代表曲を持つ。現在、最新アルバム『浪花魂』が好評発売中!
写真・中村 功
取材&文・工藤 晋