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体長80ミリで1000万円!? オオクワガタ養殖で大儲けできるのか

ライフ・マネー 投稿日:2020.09.01 16:00FLASH編集部

体長80ミリで1000万円!? オオクワガタ養殖で大儲けできるのか

 

 ひと昔前まで、オオクワブリードの世界は全長至上主義だった。
アンダーグラウンドの世界がにわかに脚光を浴びたのは1999年だった。都内の専門店が80ミリの飼育品オオクワガタに1000万円の値付けをしたというニュースが流れたのだ。このニュースによってオオクワブリードの存在は、日本はもとより、世界中に知れ渡った。

 

 

 ただ、真実は、ショップが宣伝を含め派手な価格を付けただけで、実際に売った金額はそれよりもだいぶ安かったという。

 

 オオクワの野外レコードは76.6ミリだ。当時の養殖技術では、それを大きく上回る80ミリは二度と出現しないかもしれないとも言われた。なので、そうは言っても、相当な額で取り引きされたことは間違いない。ところが、今やオオクワの飼育レコードは91.7ミリまで更新されている。

 

 現在、オオクワブリーダーの人口は5万人とも、10万人とも言われている。さまざまなタイプのクワガタ愛好家がいるが、その中でもオオクワブリーダーの人口は突出している。日本の昆虫業界の大黒柱と言っていい。

 

 オオクワブリーダーでもっとも多い層は40代、50代の男性だ。私はそのほぼど真ん中の世代だ。我々は養殖品が出てくる以前、幻と言われた頃のオオクワを知っている。

 

 そんな世代が、ある日、スーパーやホームセンターで、わずか数千円で販売されている養殖オオクワを目撃する。こんなに安い値段で買えるのか? 思わず手にする。毎日、眺めているうちに、より大きな個体への憧れが募る。そうしてズルズルと「養殖沼」へ足を取られていくというのがもっともよくあるパターンだという。

 

 かくいう私も10年ほど前、県内の道の駅で75ミリくらいあるオオクワガタが数千円で売られているのを見て何かの間違いじゃないかと思ったことがある。生涯、手が届くことはないと思っていた幻のオオクワがこんな値段で手に入るはずがないだろう、と。

 

 住宅事情等を考え、はやる思いを必死でなだめながらも、何度、手にし、レジに向かいかけたことか。

 

 オオクワのブリードだけが突出して人口が多いのは、さまざまな要因が考えられる。オオクワは比較的大人しい。凶暴なクワガタだと、交尾のために一緒に入れておいたメスを殺してしまうことも珍しくない。

 

 しかし、オオクワはそんな悲劇とは無縁だ。また寿命の短い種だと羽化してから半年程度で死んでしまうが、オオクワは2、3年生きる。そのため、非常に扱いやすいのだ。

 

 それらに加え、我々の世代を筆頭に「黒いダイヤ」「幻のクワガタ」といった刷り込みが強いため、所有欲が他の種類以上に満たされるのだ。

 

■オオクワの3大血統

 

 いったい人知はどこまで自然を操作できるものなのか。養殖オオクワは約20年で10センチ以上、大きくなった。関東最大級の昆虫ショップ・ランバージャックの店長・山口学が話す。

 

「95ミリぐらいまではいくかもしれませんね。ただ、100ミリはいかないと思います。いったら、何らかのホルモン異常だと思いますよ。種の限界値というものがありますから。人類だって、どんなにがんばったって3メートルはいかないでしょう? それと同じことですよ」

 

──90オーバーの個体はけっこう、入荷されるのですか?

 

「いやいや、そんなにないですから。(成功例は)10個体、出てるかどうかじゃないかな。85ミリですら、まだ、そんなに出てないと思いますよ。うちにもオオクワをガチでやってる人はいますけど、そういう人たちでも85ミリがひとつの壁ですから」

 

──ちなみに90ミリオーバーが入荷されたとして、価格は、どれくらいになると思われますか。

 

「う~ん、でも、3桁はいかないでしょうね。実質、20万、30万というところだと思います」

 

 オオクワブリードの世界では「3大血統」と呼ばれるブランドが存在する。能勢YG血統、川西血統、久留米血統だ。オオクワの産地として名高い大阪府・能勢、兵庫県・川西、福岡県・久留米にルーツを持つ個体の血をそれぞれ引いていて、いずれも大型化する特徴がある。

 

 これらの個体は掛け合わせれば掛け合わせるほど、血が濃くなり、大型化していく。ただし血が濃くなり過ぎると、卵を産みにくくなる、羽化不全が起きるなどの弊害が生まれる。

 

 羽化不全とは、「羽根パカ」と呼ばれるように上ばねがしっかり閉じないなどの奇形になったり、羽化できずに死んでしまったりすることだ。そこがブリードの難しいところなのだ。

 

 1000万のオオクワ報道以降、大きさ争いは熾烈を極めた。クワガタ界において異種交配はタブーとされているが、中にはその禁忌を犯す者も現れた。山口が言う。

 

「80ミリが出た数年後ぐらいかな、82ミリが出たんです。あれは雑種だった、という噂を聞きましたね。グランディスを入れたようです」

 

 グランディスオオクワガタとは、東南アジアや中国に生息する世界最大のオオクワガタで野外品でも90ミリ近くまで大きくなる。

 

 全長至上主義という一つの方向への動きが強まり過ぎたため、その反作用として、2000年代に入り「美形オオクワガタ」という価値観が誕生する。つまりは、大きさ以外のオオクワの魅力を発掘しようという姿勢だ。山口が言う。

 

「まず、表面のディンプル(凹み)が少なくて、ツルッとしていることが大前提。そして、お尻がきゅっと締まっている方がいい。あとは、あごに不自然じゃないR(曲面)がついていることですかね。全体的に逆三角形の方がかっこいいとは思いますね」

 

 2001年にむし社が創刊した『BE‐KUWA』は早くから「美形オオクワガタコンテスト」を開催し、今では恒例行事となっている。同誌以外でも「美オオクワ」を競うイベントが盛んに開催された。

 

 ただし、そうした新たな流れも「大きいものほど高い」という業界の絶対的なしきたりを覆すところまでは至らなかった。

 

 

 以上、中村計氏の新刊『クワバカ クワガタを愛し過ぎちゃった男たち』(光文社新書)をもとに再構成しました。クワバカとは、クワガタムシを愛し、人生のすべてを賭してしまった男たちのこと。なぜか羨ましさも感じさせる不思議な男たちを描く「昆虫」ノンフィクションです。

 

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