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職場でシニアを正しく活かすには…高齢化で心はどう変化する?
ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2020.11.02 16:00 最終更新日:2020.11.02 16:00
人間である以上、どのような立場にある人でも、加齢に伴う心と身体の変化から免れることはできません。そういったシニアの心身変化を客観的に理解する際に参考となるのが「ジェロントロジー」と呼ばれる学問です。ジェロントロジーは「老年学」と翻訳されます。
このジェロントロジーの考え方に基づいて数々の統計データや研究結果を読み解き、シニアの体力・知力や心の変化が就労にどのような影響を及ぼすかを考えることで、それぞれの企業におけるシニアの雇用のあり方を模索する。それを、私は「雇用ジェロントロジー」と名付けました。
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体力と知力がいかに優れていたとしても、心、つまりモチベーションやマインドが加齢によって冷えてしまうと、職務遂行を通じた満足な成果は期待できません。心が加齢によってどのように変化するかを把握しておかなければ、シニアに良い仕事をしてもらうのは困難でしょう。
■心の高齢化
加齢に伴って身体が老いてしまうように、心もまた老いていきます。スタンフォード大学の心理学教授、カーステンセンが提唱する「社会情動的選択性理論」という学説では、人間の心には「若い心」と「老いた心」の2種類があり、心が老いることによって物事への関心事が変化していくとされています。
具体的には、若い心を持つ人は、「何を新たに獲得できるか」という「ゲインの最大化」に関心を持ちます。そのため、未知の人々との交流を厭わず、好奇心旺盛に未経験の物事にチャレンジすることを好みます。
一方で、老いた心を持つ人は、「どのようにして現状を保つことができるか」という「ロスの最小化」に関心を持ちます。既に獲得したものをなるべく減らさないように行動し、失敗のリスクがある挑戦を避け、慣れ親しんだ人脈・経験の範疇から外に出ない傾向にあります。
人材育成に携わったことがある読者であれば、「7:2:1の法則」という言葉をご存知かもしれません。社会人の学びの源泉は、7割が業務そのものの経験、2割が上司や同僚からの指導・アドバイス、そして1割が研修・自己啓発にあるという法則です。
日本企業の多くは、人材育成の中心にOJT(On-the-Job Training:職場での実践を通じた教育)を据えていることが多いですが、狭義のOJTである上司からの指導の効果は全体の2割未満に過ぎません。実際の学びの源泉の大部分は業務経験からの気付きにあります。
ただし、毎日毎日同じ仕事を続けているだけでは、新たな気付き、学びを得る機会はそれほど多くありません。ゼロの状態から一を生み出すプロジェクト、高い目標達成への果敢な挑戦、大失敗から巻き返した逆転劇など、いわゆる修羅場経験こそ、良質な気付きを得て社会人が大きく成長する、つまり一皮むけるチャンスです。
この法則を心の高齢化に当てはめると、若い心を持つ人は、それだけ修羅場を経験することが多くなり、成長の機会が増えます。反対に、老いた心を持つ人は慣れ親しんだ仕事・方法に固執するため、学びもそれだけ少なくなってしまいます。心の高齢化は、社員の成長に関わる大問題なのです。
ただし、心の高齢化は、何歳で若い心から老いた心に変化していく、という類のものではありません。早い人であれば30歳代であっても心は老いてしまいます。
逆に、70歳でも80歳でも心が若く、新たなことに関心を持ち続ける人も数多くいます。自らの人生において、これから先にどのような機会があるかを前向きに考える人、すなわち未来への展望を持つ人は、若い心を保ち続けることができます。
■加齢による性格の変化
心の高齢化だけではなく、加齢に伴って個々人の性格も次第に変化していきます。人間の性格を心理学的に分析する際の5つの因子(いわゆるビッグファイブ理論)として、「外向性」「経験への開放性」「神経症傾向」「誠実性」「調和性」がしばしば用いられます。
これら5つの内、「外向性」と「経験への開放性」の2つが加齢によって低下するという研究結果があります。簡単に言うと、「年を取ると頑固になる」ということです。
特に外向性について、日本人男性中高年の場合、周囲から声をかけづらい雰囲気を無意識に出していることが非常に多いです。普段から笑顔を作る努力をするだけでも、外向性の低下は抑えることができます。心当たりのある年配読者は、意識して口角を上げるよう心がけてみてください。
一方で、「神経症傾向」「誠実性」「調和性」については、70歳前後までは向上し続ける傾向にあるそうです。これも簡単に言いますと、「性格が丸くなる」という変化です。昔は過激な発言を繰り返していた人が、年を取るにつれてマイルドになってきたという事例を見聞きしたことがあると思います。
また、『論語』に「四十にして惑わず」「六十にして耳順う」とありますが、この変化とある程度の親和性があるのではないでしょうか。これらの性格変化の傾向をシニアに自覚させ、自らの仕事の進め方やマネジメントのあり方を見直してもらうことによって、シニア本人と周囲の同僚との人間関係の改善が期待できるでしょう。
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以上、石黒太郎氏の新刊『失敗しない定年延長 「残念なシニア」をつくらないために』(光文社新書)をもとに再構成しました。これから定年を迎える会社員、そしてすべてのシニア予備軍へ、気鋭の人事コンサルタントが送る「正しい定年延長」の提言書。
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