1902年6月18日、「万国郵便連合加盟25年祝典記念絵葉書」という、日本初の官製絵葉書が発行された。いまも残る絵葉書文化が花開いたのは、この時期だ。
明治に入り、1871年から郵便事業が始まった。1873年には官製の郵便葉書が発行されたものの、本格的に絵葉書が登場するのはもう少し時代が進んでからだ。
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歴史学者の濱田浩一郎さんが、こう語る。
「1900年に私製絵葉書の使用が認可されると、少年雑誌『今世少年』に『二少年シャボン玉を吹く図』が付録として登場しました。これが私製絵葉書の第1号とも言われています。以降、風景絵葉書や美人絵葉書など、さまざまな絵葉書が巷で作られるようになりました。官製絵葉書が登場したのもこの頃ですね。
絵葉書に爆発的なブームが起きたのは、1904年に始まった日露戦争がきっかけでした。戦地と内地の通信用に軍事郵便葉書が発行されたことに加え、逓信省が凱旋記念の絵葉書を出したこともあり、人々の生活にものすごい勢いで入り込んでいったのです」
この絵葉書は、日露戦争を終えて凱旋する艦隊を、品川側の洋上から眺めたものとされている。人気の高かった逓信省戦役記念シリーズの最終回で、発売日には郵便局に人々が殺到し、負傷者も出たほどだったという。
ブームが起きてからは販売業者も急増し、風景、美人のほか油彩画や版画などジャンルも幅広いものになっていく。
「美人写真はいまでいうグラビアのようなものでしょう。絵葉書文化が発展していくと、ただ目で見て楽しむだけでなく、ニュースメディアとしての役割も担うようになります。皇室関連の儀礼や、震災や洪水などの災害、広告などを伝える絵葉書も多く発行されました。
1923年に起きた関東大震災では、被災の状況がわかるような絵葉書が売られました。死体が積み重なっているようなショッキングな写真もあり、一部は販売を差し止められています。
新聞など他のメディアが発展するにつれて、絵葉書のメディア的な要素は薄れますが、もはや絵葉書は生活の一部となりました。いまでも、どこか遠出したときに絵葉書を買って帰る人は少なくないのではないでしょうか」
※写真提供:明星大学人文学部・向後恵理子准教授