ライフ・マネー
樺沢紫苑の「読む!エナジードリンク」大坂なおみの「うつ」告白から考える脳疲労
ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2021.06.21 06:00 最終更新日:2021.06.21 06:00
■世界中が注目した大坂なおみの告白
女子テニスで世界ランク2位の大坂なおみさん(23)が、全仏オープンでの記者会見拒否とその後の「棄権」表明。また、自身のSNSで2018年の全米オープン以来「うつ」の症状に悩まされていたことを告白し、大きな物議を醸しました。
【関連記事:精神科医・樺沢紫苑の「読む!エナジードリンク」出口の見えないストレスの対処法】
日本のみならず、世界中のマスコミ、テニス界に大きな波紋を広げた今回の “事件” 。彼女の突発的な行動や発言を、どのようにとらえればいいのか? また、「うつ」という非常にデリケートな問題にどう対処すればいいのか?
今回は『精神科医が教える病気を治す 感情コントロール術』(あさ出版)の著者でもあり、感情コントロール、うつ病にも詳しい精神科医の樺沢紫苑さんに編集部がインタビューをおこない、その疑問に答えてもらいました。
編集部(以下、編):大坂なおみさんが記者会見を拒否し、主催者側への反論、非難のメッセージをSNSに投稿したことを、どうとらえますか?
樺沢紫苑(以下、樺):大坂さんとは、お会いしたこともありませんし、診察したこともありませんので、精神医学や脳科学の一般論としてお話しします。
精神医学や脳科学の知識、人間の感情コントロールの仕組みを知っていると、大坂さんが取った行動を理解するのに役立つだけでなく、皆さんの日常生活、日々の感情コントロールにもおおいに役立つでしょう。
■感情のコントロールがきかない「脳疲労」
樺:大坂さんが記者会見をボイコットし、SNSに批判的ツイートを投稿したというニュースを聞いたとき、彼女が「うつ」であることは明かされていませんでしたが、精神的に非常に疲れた状態にあると、わかりました。ひと言でいうと、「脳疲労」(脳が疲れた状態)です。
脳疲労を起こすと、感情が暴走しやすくなる。感情のコントロールがきかなくなり、他人を責めたり、攻撃的になるのです。
ふだんは人の悪口を言わない人が、突然、他人を強く責めたり、攻撃したりする場合、メンタル的に疲れている、あるいは、心理的に追い詰められている可能性があります。
強いストレスを抱え、不安が強まると、脳の危険を知らせる「警報装置」である「扁桃体(へんとうたい)」が興奮します。「扁桃体」が興奮すると、脳内物質・ノルアドレナリンが分泌され、「不安」感情とともに「闘う」か「逃げる」か、どちらかの反応しか起こせなくなります。
「闘う」は、「他責」傾向となって行動に表われます。攻撃的になる、他人を責める、批判する、といった傾向です。たとえば、うつ病の患者さんが病の初期に、会社や上司、あるいは家族を責めるということはよくあります。
編:自分の感情がコントロールできなくなるのですか?
樺:脳が健康な状態であれば、「理性」や「理論」で扁桃体の興奮を鎮めることができます。たとえば、上司にこっぴどく叱られたとき、「バカヤロー!」と心の中で叫んだとしても、面と向かって上司を怒鳴りつける人はまずいません。なぜならば、「そんなことを言ったら大変なことになる」という「理性」「理論」(大脳皮質のコントロール)が働くからです。
しかし、長期的にストレスがかかり、脳疲労に陥ると、大脳皮質のコントロールがきかなくなる。つまり、言ってはいけないことを、感情にまかせて口にしてしまう。わかりやすく言えば、「キレやすい」状態に陥るのです。
編:脳疲労は誰にでも起きるのでしょうか?
樺:内閣府がおこなった意識調査の結果(6月4日発表)によると、回答した約1万人の7割以上が「コロナ疲れ」を感じると答えました。コロナ禍の持続的なストレスによって、多くの人が脳疲労に陥っている可能性があります。大坂なおみさんの問題は、他人事ではまったくないのです。
脳疲労による症状は、うつ病やメンタル疾患の前段階としても表われるので、早めに対応したいですね。
■「うつ」はまわりに気づかれにくい
編:大坂さんは記者会見のボイコットに続き、SNSで「うつ」を告白しましたね。
樺:彼女がうつ状態だったと考えると、記者会見のボイコットも、仕方がないと思えます。うつ病の特徴的な症状に、「人と会いたくない」「人と話したくない」というものがあります。うつ病の患者さんが人と会う、特に、親しくない人と会うことは、ものすごく精神的エネルギーを消耗します。
もともと、コミュニケーションがあまり得意でなく、記者会見やインタビューが苦手な彼女に、「人と会いたくない」という症状が強く表われていたとするならば、記者会見への出席は尋常でないストレスとしてのしかかっていたはずです。
編:1回戦のプレーの様子などを見ると、「うつ」には見えないという意見もありますが。
樺:うつ病の場合、よほど重症にならない限り、他人にはわからないものです。実際、うつ病で入院する患者さんの場合、前日まで、会社で普通に働いていたため、同僚もまったく気づかなかったということはよくあります。
あるいは、自ら命を絶った有名人のことがたびたび報道されますが、自殺直前や数日前に本人に会った人も、やはり「それほどまでに追い込まれているとは気づかなかった」と記者の質問に答えています。