ライフ・マネー
人はなぜフェイクニュースに騙されるのか? 信憑性は細部にこそ宿る
ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2021.09.01 11:00 最終更新日:2021.09.01 11:00
ニュースの方法論を使った虚偽のニュースが、インターネットという新しい技術に乗って流れています。古い問題と新しいテクノロジーの問題がミックスされているところに、今日のフェイクニュース問題があると言えるでしょう。
よくできたフェイクニュースほど、ディティールを書き込むというニュースの方法論をうまく使っています。そして、ニュースの歴史からわかるのは、よくできたものはプロの目、それも一流のプロの目をも騙すということです。
【関連記事:フェイクニュースの第一人者が語っていた「ウソ記事を作る理由」】
ニュースの歴史に残る「フェイクニュース」と言えば、アメリカを代表する新聞、ワシントン・ポストによる「ジミーの世界」事件です。それはこんな報道でした。
時は1980年、筆者は黒人女性記者のジャネット・クックです。彼女による渾身の現場レポート「ジミーの世界」は、1980年9月28日、名門紙の1面を大々的に飾りました。
《ワシントンに8歳の少年ジミーが住んでいる。彼は母親の知り合いから手に入れたヘロインを打っていて、わずか8歳という幼さで麻薬常習者になってしまった》
ディティールをふんだんに盛り込み、アメリカの暗部を告発したレポートは大反響を呼び、何としてもジミーを救出しなければならないと世論も盛り上がりました。この記事は、1981年、アメリカの記者ならば誰もが憧れる最高峰の賞、ピュリッツァー賞に輝きました。
ところが、です。
ジミーなる少年はいくら探しても存在が確認できません。さすがに疑問の声が高まるなか、疑惑追及のきっかけになったのは、クックの経歴詐称でした。AP通信が報じた彼女の経歴詐称疑惑を発端に、記事そのものがねつ造だったことが明らかになるのです。
以下、ワシントン・ポストによる調査と、ノンフィクション作家・柳田邦男さんの『事実を見る眼』を参照しながら、ことの顛末を見ていきます。
調査の結果、ジミーは架空の少年で、そんな男の子はどこにもいなかったことが明らかになります。ワシントン・ポストはピュリッツァー賞を返上し、クックは職を辞します。
同紙は、記事の調査をしたオンブズマンのビル・グリーンによる徹底した報告書を公表するのですが、それがなかなか興味深い。グリーンは編集主幹を筆頭に47人に聞き取り調査をしていて、クックの採用過程から記事の掲載がどう決まったかなどを克明に記録しています。
彼女は最初から疑惑を否定し続けますが、追及に対してすべてねつ造だったと認めるに至ります。
クックの直属の上司、ミルトン・コールマンは彼女の草稿を読んだとき、そのシーンの描写力に驚き、まったく疑うことがなかったのです。
当時、ワシントン・ポストの編集局次長は、アメリカ・ジャーナリズムを代表する古典的名作『大統領の陰謀』を記したボブ・ウッドワードでした。彼もまたピュリッツァー賞を受賞したトップ記者であり、クックの原稿を発表前に読んでいます。ウッドワードほどの記者が、読んでも書かれた中身を疑うことはなく、彼女が書いた記事を読んで「素晴らしい」と絶賛する証言を残しています。
事実を見極めることについて、社内にこれだけ力を持った記者がいながら、ねつ造がわかるまで相応の時間がかかっています。
僕が初めてこの事件を知ったとき、ねつ造であっても名誉ある賞を取るところまではいけるんだなと思ったものでした。社内の目をくぐり抜け、あろうことか最高峰の賞まで受賞する。
たしかにクックの文章力はかなりのものがあります。シーンの描写も見事で、レポートの出来栄えは完璧に近い。彼女がもし作家になっていれば、きっと相当な実力者として名を馳せたでしょう。
ここから導くべき教訓は、ワシントン・ポストの記者たちがまったく無能なのではなく、プロであっても、豊かなディティールがある嘘を見抜くのはとても難しいということなのです。逆説的ですが、プロだからこそディティールの罠にはまり込んだという見方もできます。
「8歳の男の子が麻薬常習者になった」と言っても信じてくれる人は少ないかもしれない。しかし、どんな男の子でどこに住んでいて、どのようなルートで手に入れたヘロインを、どのように打つのかまで書かれたらリアルに存在するかもしれないと思ってしまう。それがニュース的な方法論の可能性であり、同時に怖さでもあるのです。
フェイクはディティール=細部に宿るーー。
歴史を振り返っても、プロをも騙す厄介な嘘つきは細かい情報を的確に盛り込んで「嘘の世界」を作り上げます。一般的に考えると、嘘をつく人は細かい情報を入れないと思うかもしれませんが、実際は逆です。
彼らは一見すると、その世界のことを知っている人でないと知りえないような細かな情報を盛り込み、信じ込ませていくのです。
その延長線上にディティールを描けば、フェイクであっても本当だと信じ込ませることができるという技法があります。ニュースの方法を悪用していけば本当らしいデマも自由自在に操ることができるのです。
今のところ、フェイクニュースは騙すほうに大した力がなく、すぐに見破れるようなわかりやすいものばかりで、お金儲けにばかり関心が向かうケースが多い。
しかし、本当に力を持ったプロの「嘘つき」たちが本格参入してきたらどうでしょうか。あるいは方法を研究し尽くした組織が参入し、お金より社会を騒がすことに快楽をおぼえる人が多くなったら……。問題はもっと厄介になるでしょう。
インターネットという技術的な問題にだけ注目すればいかにも新しい問題ですが、人は次の技術が生まれればそれに乗っかり、巧妙かつ新しいフェイクニュースを作り、流していくのです。
※
以上、石戸諭氏の新刊『ニュースの未来』(光文社新書)をもとに再構成しました。気鋭のノンフィクションライターが、インターネットメディアの功罪を踏まえながら、ニュースの本質を問う。
●『ニュースの未来』詳細はこちら