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物理の先生が「1リットルの水を85回分割するとどうなるの?」
ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2017.02.23 17:00 最終更新日:2017.02.23 17:00
物理学を嫌っている学生は、ほぼ例外なくわけのわからない計算をさせられたという苦々しい思いを持っている。内容を理解する前に、意味のよくわからない非現実的な状況設定のもと、楽しくもない計算をさせられて、辟易してしまうのだ。
こうした学生には、最初から計算と一緒に物理学を教えてはならない。まずは十分に物理学という学問の意味を平易な言葉で説明する必要がある。うまく説明できれば、最初は嫌悪感だけしか持っていなかった学生も、あれ、意外と物理も面白いものだな、と思ってくれる。
学校で教わる知識としては誰もが持っていても、なかなか実感がわかないのが、すべての物質が原子でできているという事実だ。
見たところ、物質というのはいくらでも分割できるように思える。1リットルの水、つまり1キログラムの水を半分にすれば、500グラムの水になる。500グラムの水を半分にすれば、250グラムの水だ。
こうして半分にすることを10回も繰り返せば、1リットルの水は1グラム弱の水になる。そこからさらに10回繰り返せば、1ミリグラム弱の水となる。
1ミリグラムの水とは、だいたい一滴の水を30分の1にしたほどの量だ。これほどの量の水でも、水は水であり、それ以外のなにものでもない。さらにまだいくらでも分割できるように見える。
このような水の分割はまだまだ続けられる。このようにして原子の大きさまで到達するには、さらに何度も半分にすることを繰り返さなければならない。いずれ水分子の大きさになったら、それ以上分割できなくなるのだが、それには1リットルの水を続けて85回ほど半分にすることを繰り返す必要がある。
続けて85回も半分にするというのは、ものすごいことだ。そのすごさを実感するには、逆に、小さなものを2倍にすることを繰り返すことを考えてみるとよい。
1粒の米で考えてみよう。これを2倍にすると2粒。さらに2倍にすると4粒。これを10回繰り返していくと1024粒となり、重さにすれば約20グラム程度だ。倍にすることを10回繰り返すごとに1024倍になるから、85回も繰り返せば、ものすごいことになる。
これについては、有名な話がある。豊臣秀吉の御伽衆だった曽呂利新左衛門が、秀吉から褒美をもらうことになり、望みを聞かれたという。そこで1日目は1粒の米、2日目には2粒の米、3日目には4粒の米、というように、毎日、前日の倍の米粒が欲しいと言ったそうだ。よく知られた話なので、どこかで聞いたことがあるかもしれない。
これを85日続けると、最後の日にもらえる米の量は10の21乗キログラムにもなってしまう。10の21乗とは、1の後ろに0を続けて21回書いた数だ。これだけの米があれば、世界の人口73億人が米を毎日3合ずつ食べても、6億年分以上まかなえる計算になる。実感がわきにくいので体積に換算すれば、10億立方キロメートルとなり、これは地球全体の海の体積と同じくらいになる。
これを逆に考えれば、地球上の海の水をすべて米に変えて、そのすべての米を半分にし、さらにまた半分にし、ということを繰り返していくと、だいたい85回目には米1粒くらいの大きさになる。85回半分にすることを繰り返すというのはそういうことなのだ。
地球上の海全体に匹敵する量の米に対する米1粒の割合が、ちょうど水1リットルに対する水分子ひとつの割合になっている。いかに原子や分子の世界が小さなものかが、少しは実感できるだろう。
以上、松原隆彦氏の近刊『目に見える世界は幻想か? 物理学の思考法』(光文社新書)より引用しました。
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