地球に住む生物の排泄物が、1日どのくらいの量になるか考えたことがあるだろうか。
生き物は生命を維持するために何かを食べ、その結果、排泄物が生じる。たとえば人の1世帯の量だけを考えてみても恐ろしい量になるのは容易に想像できる。
ところが、現代の我々の生活空間に排泄物があふれ出ていることはない。これは下水処理施設によりある程度まで処理され、その後バクテリアにより分解されているからだ。
少し前の日本では処理施設などは少なく、多くは昆虫により消費され、それが畑の肥料ともなって、最終的にはバクテリアにより分解され消えていった。
「汚い」と顔をしかめる方もいるかもしれないが、このようにフンを食べる虫がいるのである。たとえばハエの幼虫であるウジがそうで、かつて日本の便所ではおなじみの存在だった。
フンを処理してくれる昆虫の種類は多く、中でも「フンチュウ」と呼ばれる一群の存在は重要だ。フンチュウがいるおかげで地球はフンまみれにならなくて済む、といっても過言ではない。
フンチュウは自らの食料としてだけでなく、幼虫の餌としてフンを利用する。
フンを転がして地中の穴に運ぶ仲間はフンコロガシと呼ばれ、丸めたフンをころころと転がして穴に運び産卵する。他にもフンの近くに穴を掘り、その中にフンを引きずり込んでからフン球を作る仲間がいる。
世界中にはさまざまなフンチュウがいて、それぞれ大きな役割を果たしている。
20世紀初頭までタイは森林王国であった。チークやローズウッドなどの高級木材の輸出が盛んになり、材木を運搬するのに使われたのがタイの森に住んでいたアジアゾウだ。
ところが過度な伐採や、南部でのゴムプランテーションなどの拡大により、森林が急速に失われていった。そこで森林保護のため1989年から政府により森林伐採が禁止され、ゾウの活躍の場所が失われた。
それ以来、タイのゾウは観光用としてほそぼそと生き延びてきた。現在も観光用のゾウキャンプがタイ北部にいくつかある。ゾウキャンプでは観光客にゾウのショーを見せ、ゾウに乗って森を散歩するゾウトレッキングなどが行われている。
現在、タイでは4000頭ほどのゾウが飼育され、もちろんそれ以外に自然状態のゾウもいる。しかし、山野がフンにうずもれることは皆無だ。
ゾウのフンは巨大で量が多い。ひとつの塊が直径30センチメートルほどもある。量が多いので道に落ちていてもすぐにわかる。これが処理されずそのまま残ったとしたら、タイの森はどうなるのだろう。想像するのが恐ろしい。
しかし、現実にはそうならない。なぜなら、ゾウの巨大なフンをまたたく間に処理してくれるフンチュウがちゃんと存在するからだ。
ゾウの巨大なフンを相手にするフンチュウは数種類いてダイコクコガネと呼ばれ、これまた巨大だ。
代表的なオオサマナンバンダイコクはオスの大きさが65ミリメートル、セアカナンバンダイコクのオスは55ミリメートルにもなる。これら巨大なダイコクコガネは、新鮮なゾウのフンに飛来しこれを食べ始める。
しばらくするとメスがフンの近くに穴を掘り、産卵のための産室を地中に作り始める。地上にダイコクコガネの成虫がいなくても、フンの横には掘り出した土が山積みになっているので、その中にメスがいることがわかる。やがてゾウのフンを小分けにして引き込む。
穴の中でフンを小さな塊にし、その中に卵をひとつ産むと、フンのまわりを土で固めてフン球を作る。フン球の大きさは直径約20センチメートルもある。
産卵後メスはしばらく穴の中にとどまり、幼虫はフン球内でフンを食べて成長するが、フンが不足するとメス親がフンを地上から引き込み追加する。
野外のフンを調べてみると11~3月はフンが処理されずに残っていることがあるが、気になるほどの量ではない。風雨で分解されることもあるし、異種のフンチュウが処理してくれている可能性もある。いずれにしてもゾウのフンが森や町にあふれ出すことはないのだ。
以上、山口進氏の新刊『〈オールカラー版〉珍奇な昆虫』(光文社新書)より引用しました。
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