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樺沢紫苑の『読む!エナジードリンク』 「あだ名禁止」でいじめは減らすことできる?
ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2022.06.20 06:00 最終更新日:2022.06.20 06:00
最近「あだ名」を禁止する校則をもうける小学校が増えているという報道があり、話題になっています。
相手の身体的特徴、短所、欠点を指摘するようなネガティブなあだ名、たとえば太っているから「デブゴン」、鼻が大きいから「コアラ」というあだ名をつけられたら、その子どもの心は大きく傷つくでしょう。
では、校則であだ名を禁止すれば、こうした「悪質なあだ名」は本当に減るのでしょうか。
私も、精神科医としてこの問題に関する意見を求められることが多くなっているので、本連載で私の考えをまとめてみることにしました。
■「自分で考える力」を養う
前回で、言われたことを言われたとおりにやる受動的な「インプット仕事」から、自ら動き、自分の頭で考えて判断する能動的な「アウトプット仕事」に変えていかないと先行きが暗いという話をしました。
では、そんな「アウトプット型人材」に育てるために、今、子どもたちに必要なのはどんなことでしょう? それは、「自分で考える習慣」を身につけること。そして、今、思っている内容、考えている内容を言葉にする、言語化することです。
子どもたちの不適切な言動を校則で縛ることは、上からの命令に従うだけのイエスマンを育てるためには、じつに効果的な方策かもしれません。しかし、アウトプット型人材が望まれるこれからの時代においては、時代にまったく逆行したやり方といえるでしょう。校則で一つひとつ拘束することは、自分で考える力を奪うことにほかならないからです。
■子どもと一緒に考える場を持つ
「悪質なあだ名」を減らすという方向性は、間違っていません。しかし、それを校則によって一律に強制しても、あまり効果はないでしょう。
校則に盛り込む前に、「あだ名」や「呼び名」について、どうあるべきかを、まずは大人が子どもと一緒に話し合うべきです。その過程で、子どもたちが「悪質なあだ名を使うと、相手の心を傷つけてしまう」ということを自分の頭で考え、しっかり理解する必要があるからです。
こうした話し合いは、小学校では道徳の授業でおこなうのでしょうが、その間、教師が一方的に話し続けるようでは、意味がありません。子どもたちが自分の意見を話す時間を8~9割にする。つまり、子どもたちからのアウトプットが大部分にならないと、「自分で考える力」は養われないからです。
低学年だったら、理解までいかない子どももいるかもしれません。それでも「あだ名で呼ばれて傷つく人がいる」という「気づき」は得ることができます。その「気づき」を促すのは、教師、親など大人の役割です。校則という形でいきなり「答え」を教えるのは、子どもの「考える力」を奪う行為です。
■親子でできるアウトプット・トレーニング
もしあなたに小学生のお子さんがいるなら、「あだ名問題」について、親子で一緒に話し合うのもいいでしょう。
友だちに名前で呼ばれたいのか、それとも、あだ名で呼ばれたいのか? あだ名で呼ばれるとしたら、どんなあだ名がいいか? 同級生に「デブゴン」と呼ばれる子がいるとしたら、自分がそう呼ばれてどんな気持ちがするか? 自分のいちばん仲のよい友だちが「デブゴン」と呼ばれたらどんな気持ちになるのか?ーーそうお子さんに問いかけ、お子さんが質問の答えを自分の頭で考え、言葉にしていくうちに、相手の容姿や体型をイジるような「あだ名」はよくないと、気づいてくれるはずです。「相手の気持ち」に思いを巡らせ、言葉にする。それが「言語化」です。
「あだ名問題」に限らず、夕食の時間にでも、あるテーマについて、お子さんが「思っていること」「考えていること」を言葉にしていくのは、アウトプット力をつけるうえでとてもよいトレーニングになります。
それを繰り返していけば、アウトプット力だけではなく、「共感力」が養われるのです。共感力というのは、相手のことを理解し、慮(おもんばか)り、相手の気持ちになって考える力のこと。結果として、それは「思いやり」につながります。
今日学校であった話でもいいですし、好きなアニメの話でもいいでしょう。どう思い、どう感じたかを言語化することは、簡単かつ、最高のアウトプット・トレーニングです。これを1日10分、3カ月も続ければ、あなたのお子さんのアウトプット力と共感力は飛躍的にアップします。